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2010/02/07のBlog
思い込み捨て本当の「個」培おう ゆがんだものさし捨てしなやかに

戦争も内戦もない。
世界を見渡せば私たちは決して不幸せではないのだろう
日本人の「幸福度」は178国中90位との調査もある
(2006年、英レスター大)
いったい私達の考える幸福とは?
先ごろ「不幸な国の幸福論」(集英社新書)を出版した作家の
加賀乙彦さん(80)に聞いた

――なぜ、今幸福論なのでしょう?
一昨年6月、東京・秋葉原で20大の青年による無差別殺傷事件が起きました
青年は転々と派遣労働をしていたことから
「格差社会が生んだ犯罪」とも言われました
だが、実は彼が抱いた劣等感や不遇感は私達の誰もが日常感じているもの
事件の背景にはこの国自体が幸福を遠ざける不幸の増幅装置となっており
私達の多くがその一部として役割を果たすようになっているのでは、と考えたのです

――具体的に言うと?
私達の周りには「勝ち組」「負け組み」など人間をランク分けする言葉があふれています
秋葉原事件を起こした青年も携帯電話のサイトに自分を「負け組」と書き込んだ
自らマイナスのレッテルを貼る行為は他人から張られる以上に
心を深いところで傷つけます
そうした価値観を今の日本はいつのまにか受け入れてしまっている
ライバルの方が出世が早い,自分の子より親類の子の方が
偏差値の高い大学に行っている
といったことがあるたび、彼らの幸福感は損なわれ「ゴール」にたどりつけない

――では、どうすれば?
幸福というのは定義できないものだと思います
何を幸せと感じ、不幸と感じるかは人により状況によって異なる
「こうでなければ幸せになれない」という思い込みは捨てるべきです
日本人は江戸時代以来集団の輪を壊すことを恐れ
自分が他人にどう見られているかを常に気にしながら生きてきました
その傾向は強く残っている
「KY」という言葉の流行もそうした状況を表しています

人の目を過剰に意識することは自分の評価を他人に委ねてしまう事につながる
そしてそういう人ほどちょっとしたことで傷つきやすいのです
ピンチに陥った時「他人がどう思うと自分は自分だ」と思えるかどうか
そのためには本当の意味での「個」を育てておく必要がある
そしてこのような「個」は自分の頭で考え抜き、他人と意見をぶつけ合いながら
人間関係を培っていくなかでしか育ち得ないのです

――難しそうですね
でも始めなくてはいけない。徳川幕府の治世以来日本人の多くは
「お上のいうことだから」「どうせ変わらないから」との理由で社会のあり方や
国の未来像を考えることなく、ただ流されてきた気がします
多くの人が何の疑問を抱くことなく世間のいう『幸福行き』の列車に乗りたいと思い
そのレールから外れたら不幸になると自らや子どもたちを駆り立てました
そして子どもたちから考える力や生きる力が奪われてしまったのです

日本青少年研究所が08年に行った調査で
『自分をダメな人間と思うか』という問いに対し
中学生の56%、高校生の66%が『とてもそう思う』『まあそう思う』と答えている
幼い頃からゆがんだ画一的なものさしで他者や自分を測るよう
習慣づけされてきた結果です
こんな国が幸せであるはずがない

まず親にあたる、あるいはこれから親になるであろう世代が
自分を不幸と決め付けず
身の回りにある小さな幸せに目を向けていくこと
挫折も幸福になるための要件だと考えること
しなやかな精神にこそ幸福の源泉はあるのだと思います


・・・・・・すごく長い引用になりましたが、柔らかい言葉の中に無駄はなく
心にストンと落ちるものがありました・・・・・・


<カトレアはすごく華やかですね>
2010/02/05のBlog
吉岡忍より

ハワード・ジンはいわゆる歴史家ではなかった
彼は歴史についての考え方を変えた人だった
歴史を力ある者たちの列伝ではなく
普段私たちが暮らし、生きていくための道具に変えた人だった

彼はアトランタの女子大学で歴史学を教える一方
非暴力の立場から人種差別撤廃運動に深くコミットし
それを理由に同大学を追われ、ボストン大学に移った

このときの活動家としての経験と第2次世界大戦に従軍したことが
ジンの世の中の見方を形づくった
彼は爆撃機に乗りナチス・ドイツ支配下の欧州各地を攻撃したが
戦後、空爆の成果とされたもののほとんどが一般市民の大量殺戮と
街の破壊に過ぎなかった事実を知った

第2次大戦は米国にとってファシズムを打ち倒す「良い戦争」だった
だが膨大な軍事費を使い破壊力を増す一方の戦争技術は
どんな戦争目的も雲散霧消させてしまう
「もはや私たちは『正義の戦争』を起こす事がおそらく不可能であるような
人間の歴史の時点に達したのではないか」と彼は考えた

そうである以上我々は知恵を振り絞って戦争や暴力以外の方法で
紛争や対立を解決する事を考えなければならない
政府が『正義』や『名誉』や『国益』を振りかざし
教育や福祉や医療の予算を削って強大な軍事国家を目指そうとする時は
その背後にある権力者や特権階級のたくらみを暴き反対しなければならない―

彼の『民衆のアメリカ史』(邦訳・明石書店)は米国の独立革命や奴隷廃止や
ニューディル政策を冒険家や歴代大統領の偉業としてではなく
普通の人々がこうむった虐殺や追放、先駆的な努力や戦いの「動き」として描ききった

ここには普通の人間が歴史を作る
人々が動けば歴史が変わるという確信がある
彼のその信念は現代の米国のアフガン・イラク戦争批判まで揺らぐことはなかった


・・・・・子どもの頃、歴史を学ぶ事イコール年代を暗記する事のような授業に
非常に違和感を覚えたこと、暗記をやめてしまった事を思いしました・・・・・・

<ストックは温かい地方では咲いているでしょう>
2010/02/03のBlog
[ 11:26 ] [ ボランティア ]
この市民グループは日野市と八王子市の境の里山に
道路建設計画があることを知り
そこに住む農民と周辺の新住民とが協力し
都市の中に残る貴重な里山を残し
耕作放棄地や休耕田にしないために
素人の都市住民たちが農業に取り組んだものです

農民と新住民の出会いと絆
農業という共同作業を通した地域社会の再生
自然環境の中の子どもたちの学びと成長
都市と自然の共存する街づくりなど
非常に貴重な先駆的取り組みですが
数十年間にメンバーの高齢化が進み
活動の継続も大変な状況のようです

しかし一度消えてしまえば再生することは困難です
この都市の中の奇跡の里山を残すことの意味は
今日ますます大きくなっているのではないでしょうか?
多摩都市モノレールのすぐそばにある里山を見た人は
誰もがきっと驚きと懐かしさを感じるでしょう


・・・・・・・今年は冬の間も田んぼに水を張ったそうです
そうすれば小動物が生息して春には子どもたちが
楽しむことができるからだそうです・・・・・・・・・
2010/02/02のBlog
ユギ・ファーマーズ・クラブ編 学陽書房より

東京オリンピックの幕が閉じられた直後の1964年暮れ
突如、新聞の見出しに「ニュータウン」の文字が躍り出た
八王子市、町田市、多摩市、稲城町の二市二町にまたがる3020ha
予定戸数11万戸、人口30万人(のちに41万人に変更)
山林が多い多摩丘陵とはいえ、そこは先祖代々の農家が住み付いている

由木村といえば東京酪農の発祥の地として有名だった
さらに生糸の豪商を生んだ土地としてその生糸を運んだ「絹の道」が貫き
養蚕の村としても注目されていた

海抜100mから200m程度の雑木林が連なる多摩丘陵の丘と丘の間には
土地の人が谷戸と呼ぶ湿地(窪地)がある
谷戸では丘に降った雨が浸み出て小川となり
その水を利用して稲作が行われてきた
湿地特有の動植物も多数生息している
かつてはドジョウやフナなどがきわめて豊富で
鈴木さんの奥さんの話によると1960年代後半の農薬大量散布の前までは
ゲンジボタルやヘイケボタルが小川いっぱいに乱舞していたという

ユギ・ファーマーズ・クラブ。正式名称は「由木の農業と自然を育てる会」
多摩ニュータウン19住区開発予定地域である東京都八王子市堀之内の
寺沢・引切地区を舞台に代々酪農や養蚕を営む農家と
多摩ニュータウンに転入してきた都市住民が交流しながら
都市と農業が共存する新しいまちづくりをめざすグループである
誕生は1987年の春。

ユギ・ファマーズ・クラブの活動は多摩ニュータウン19住区の自然に密着している
その自然はいわゆる天然の自然、原生林の自然ではない
雑木林、田んぼ、畑、池、畦道・・・・・
そしてそこに暮らしてきた人間との長年にわたる共存によって培われた、
人の手のはいった自然である
人を寄せつけない、侵しがたい聖域ではなく、その懐に飛び込んでいける場所だ
親しみやすく、やすらぎを感じられる自然なのだ
開発が進んだニュータウン地区から寺沢・引切地区へ足を踏み入れたときに
誰もが驚きとともに感じる懐かしさがいかにも象徴的である
やって来た人たちは、まず開放感を味わい、童心に帰る
日ごろ閉塞した都市空間の中で身にまとってしまったヨロイを脱ぎ捨てて
安心して遊んでしまう
草、木、土、水、虫、鳥、風、雲
眼を凝らせば、はっとすること、わくわくすることに満ちている
自身の五感をとぎすますほどに、いろいろなものが手に入る
時を忘れて夢中になるということを思い出させてくれるものが、そこにはある 

農作業は自然と人間との対話の積み重ねによって築きあげられた知恵の結晶だ
いくら書物を読みあさっても、頭であれこれ考えても農作物は芽を出さない
知ったかぶりは通用しない
鈴木さんや小谷田さんに手とり足とり教わりながら体を動かすしかない
自分で汗を流さなければ何も手に入らないのだ
そんな農の営みのなかで、私たちは自然の一部としての人間本来の速度や節度を思い出す
心にゆとりややすらぎを取り戻す
家庭や職場ではついわがままになったり、甘えたり、見栄をはったりしてしまう同じ人間が
やさしく大らかな気持ちになれる
自然とつきあいながら、人とも気負いなくつきあっていけるのである

・・・・・里山と田んぼを見てきました
皆の心のよりどころとして残していきたい奇跡の自然環境です
当会も農業ボランティアなどコラボレーションを模索中
田植えが楽しみです・・・・・・・・

2010/01/30のBlog
旅行大手JTBの調査では海外旅行に出た若者(15から29歳)は
この10年で34%減少
米国留学は1997年の47000人をピークに減り始め
昨年30000人を割った
貧乏旅行の代名詞だったバックパッカーすらあまりはやらないとか

安全な日本から出なくたってネットで世界の情報が手に入る
厳しい就職戦線で旅する時間がない
低賃金の非正規雇用が増えて海外どころじゃない
そんな解説や悲鳴に加え若い世代の『内向き化』もよく聞く
日米中韓の中高生が対象の意識調査(2008年)で
海外留学希望者は日本が最低だった

『最近の若者は』とため息をつく前に未知の世界への自然な欲求を
私たちが抑えつけていないか自問してみる
例えば昨年の新型インフルエンザの流行初期
海外渡航自粛が日本で広がり旅先で感染した人が非難される騒ぎも起きた
それは04年イラクで人質になった日本人への『自己責任バッシング』を思わせた
当時日本を知る英国人は「日本では『世間に迷惑をかけること』がご法度なんだよ」と
納得していた

ベネッセ教育研究開発センターが06年に発表した
日中韓と台湾の5都市の親に「子どもへの期待」を尋ねた調査で
「迷惑をかけない人」は71%の日本が群を抜いて最多だった半面
「社会に尽くす人」は最下位
「好かれる人」と願う親心に偽りはあるまいが
「人生の安全運転」への過剰の期待が冒険心にブレーキをかけていないか


・・・・・・人に迷惑をかけないで生きられる人などいるのでしょうか?
決して開き直るわけではなく、互いに迷惑を掛け合いながらも生きることしか
私達にはできないのでは?だからお互い様なんですね・・・・


<エンジェルランプは花も葉もかわいいです>