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くらしかる 老前整理(R) MyBlog
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2019/04/17のBlog
午前中はハレで、午後から雨が降るという予報の大阪です。通勤客はコートなしか、スプリングコートが増えています。

昨夕、熊本の阿蘇山噴火警戒レベル2のニュースに、ドキッとしました。
昨日は3年前に本震のあった日ですから、これもめぐり合わせなのでしょうか。

速報だけで詳しい状況がわからず、ネットを見ていると現地の声もあり、今すぐという緊急事態ではないようでほっとしました。

しかし、YAHOOニュースのコメントに次のようなものがありました。

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地震の時もだけど、GW間近のこのタイミングの災害は勘弁してほしい。
近隣観光地は風評被害が死活問題。
地震の時は、頻繁に起きる余震の中、揺れとこれからの生活に不安を抱えながらの深夜までに及ぶキャンセル処理。
もう、あんな思いはしたくない。
皆さん、情報を精査してアクションを起こして下さい。

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確かに、10連休を控えたこの時期にこのニュースです。

阿蘇山の大噴火が起こらないようにという願いと共に、風評被害も起こらないようにと願い、紹介しました。
本日の本題のヤマザキマリ とり・みき『プリニウス』(新潮社)ですが、先日この方の『仕事にしばられない生き方』を読んだ時に、この本のことを知りました。

プリニウスは名前を知っている程度だったけれど、どのような人だったかに興味がありました。
それにマンガなので、活字と違ってすぐ読めます。

プリニウスという人はAD23年生まれといえば、およそ2000年前の次のような人です。
私のイメージとしては「物知りおじさん」

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プリニウス【Plinius】 〔Gaius P. Secundus〕 (23(24)~79) 古代ローマの官吏・博物学者。属州総督・提督などを歴任。著書「博物誌(三七巻)」は一種の百科全書をなし、一級の知的古典とされる。大プリニウス。 大辞林第3版より
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プリニウスの生涯を描くようで、私は1巻目を読み終えたところ、現在8巻まで出ているようです。

びっくりしたのは、この話はヴェスヴィオ火山の噴火から始まるのです。
イタリアも日本と同じ、火山と地震の多い国です。ついてにいえば温泉も多い。

プリニウスはこの本の中で「どの時代も人間が たとえどんなに高度な文明を築き上げても 自然の力に勝てたことはない…そしてどんな神々も 自然の力に勝ることはない…」と語っています。(もちろん作者の意図で描かれていますが)
2000年たっても火山も地震も同じだなと思います。

プリニウスの最期はヴェスヴィオ火山の調査に行って遭難死とされていますが、この話の2巻目からどうなっていくのか楽しみにしています。
写真はおまけで昔ローマへ行った時のもの。柱にこだわって見ていました。
火山と地震は共通するけれど、日本は木の国、イタリアは石の国だと思います。

2019/04/16のBlog
[ 10:20 ] [ ご近所 ]
今日も晴れていますが、朝晩の温度差が激しいようです。
朝から、パリのノートルダム大聖堂が火事とのニュース。
日本でいえば法隆寺とか金閣寺が焼失したというくらいのショックでしょうか。二度と同じものを作ることができない、かけがいのないものを失うこと。
かけがえのないといえば、人間の命もそうですが、あるのが当たり前ではないのですね。そして失ってその大切さがわかることもあります。

この時期、2,3日見ぬ間に、新しい花が咲いていました。
桜の仲間なのか? つつじ?
見慣れたつつじも開花。
1センチくらいの小さな花の塊のハナスオウ
ドカンと咲き誇るシャクナゲ。

本日はピンクの花でまとめてみました。
2019/04/15のBlog
[ 10:05 ] [ くらしかるの考えてきたこと ]
今日も晴れて気持ちの良い週明けです。

本日は老前整理の人間関係リストを紹介します。


ものと共に、人間関係も見直しましょうという提案です。

写真は拙著、書き込み式の『老前整理実践ノート』(徳間書店)の1ページです。

具体的に老前整理の人間関係リストを挙げます。

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・会いたい人

・会えなくてもつながっていたい人

・一緒に旅行に行きたい人

・食事や飲みに行きたい人

・映画やコンサートに行きたい人

・趣味の友人

・ときめく人

・入院したら知らせる人

・その他

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わかりにくいかもしれませんが、少し説明を加えます。

会いたい人は、仲の良い友達とか、一番身近な人です。

会えなくてもつながっていたい人は、遠方に住んでいて、なかなか会えないけれど、相手がどうしているか気になる学生時代の友人や先輩、恩師などのことです。

一緒に旅行に行きたい人を考えると、限られます。家族以外でバスツアー、ましてや宿泊を伴うと、誰でも一緒にという訳にはいかないでしょう。それだけ気心の知れた、旅を一緒にして楽しい人になります。

食事や飲みに行きたい人は、楽しくお酒を飲んだり食事をしたい人のことです。

映画やコンサートに行きたい人は、好きな映画、コンサート、美術展など興味や嗜好が似通っている人。

趣味の友人は、釣りや山登り、マラソンなど特定の趣味を一緒に楽しめる友人。

ときめく人は、いくつになってもときめきが人生を豊かにしてくれますので、加えました。コンビニの女性の笑顔にうれしくなるとか男性歌手の○○が好きだとか、淡いあこがれのようなものです。(気持ちが高じてストーカーにはならないでくださいね)

入院したら知らせる人は、自分が入院した時に友人に見舞いに来てほしい人と、逆に病床の自分を見られるのが嫌だから見舞いに来て欲しくない人もあります。このあたりもどちらにしろ日頃のお付き合いで、このあたりもどちらにしろ日頃のお付き合いで、考え、知らせておいてはどうでしょう。

その他は、思いついた項目、人を挙げてみてください。もし終活をしておられるなら、自分に万が一のことがあった時にはこの人に知らせてほしいと家族に伝えておくことも必要です。

一応、思いつく項目を挙げてみましたが、同じ項目に何度も登場する友人や空欄もあるでしょう。まずは書き出してみることです。

もし、ほとんど空欄であれば、一度人間関係を考え直してみてはどうでしょう。

友達が多ければよいというものではありませんが、いざという時、困った時に相談できる、助け合える友達がいればお互いに心強いのではないでしょうか。

友だちを作るというのは、年を重ねるほど難しくなります。

以前、ある地域の老人大学で老前整理の講演をしました。その時に、「もし3つの願いがかなうとしたら何を願いますか」と70代の男性に聞いたときに「友だちが欲しい」とおっしゃり、驚いた経験があります。

確かにそうなのです。友だちはお金で買えない、一朝一夕にはできない。減ることはあってもなかなか増えない。

人間関係の棚おろしは何十年も年賀状のやりとりだけで、もう顔も思い出せない人とのつながりより、身近な友人を見直すこと、人と関わる努力をすることでもあります。

これが老前整理の人間関係の棚おろしです。

今朝、ふとこのブログのカウンターに目をやるといつのまにか総アクセス数が60万を超えていました。びっくり! いつもご覧いただきありがとうございます。


2019/04/14のBlog
[ 14:39 ] [ ご近所 ]
予報では雨になりそうですが、晴れています。

昨日も熊本地震のことで書きましたが、時々、熊本便りを送って下さっていたFさんは、大阪からの赴任で、熊本の壊れた橋の復旧工事に携わっておられました。着工から2年半の工事で、3月末に無事仕事を終えられ、本社に戻られました。お疲れ様でした。
従って、残念ながらFさんの熊本便りもおしまいになりました。春は別れの季節でもあるようです。
この3年間たくさんの方が復旧に汗を流されたのだと思うと、頭が下がります。また阿蘇大橋など、今も工事をなさっている方々には復旧まで頑張っていただきたいです。

ご近所の花園は次々花が咲き、楽しいです。


白い花

あやめ科のシャガの花
花梨の花 実のなっているところはよく見ましたけれど、こんなにかわいいピンクの花とは思いませんでした。
青紫の花 小さい花です
2019/04/13のBlog
[ 13:48 ] [ くらしかるの考えてきたこと ]
今日も晴れています。
昨夜は久しぶりにきれいな上弦の月を見ました。

今週は私事でいろいろあり凹んでまして、胃が重く、食欲がありません。
私には非常に珍しいことですが、改めて心と胃はつながっているのだと実感。
おかげで3キロ体重が減りました。案外私はデリケートなのかもと思う今日この頃。

ところで明日は熊本地震から3年になりますが、まだ復旧したとは言えない状態のようです。

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本日2019年4月13日付読売新聞の記事によると
熊本地震の被害と現状

直接死―50人、関連死―218人(前年比6人増)、二次災害死―5人、家屋被害ー19万8119棟、
仮設入居者数―1万6519人(前年比2万1593人減)
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まだ1万6519人の方が仮設におられるのが現実なのですね。

仮設の方の数もそうですが、なんとか住んでいるけれど家が壊れているとか、職場が壊れた、仕事がなくなったとか、様々な問題を抱えておられる方も多いでしょう。現地でないとわからないことも多いと思います。

先日も東北の復興の件の失言で辞任された大臣がおられましたけれど、熊本の復興もなかなか進まないようです。

このような災害におけるキーワードの一つが「喪失」ではないかと思っています。

家族、友人、知人を失くした人。家や家財道具を失くした人、仕事や職場を失くした人、それまでの普通の暮らしを失くした人。この喪失が「心」にダメージを与えます。

老前整理でもこの「喪失」について考えています。

老前整理をしたいけれど、亡くなった親や配偶者の荷物を片付けないと(=遺品整理)自分のものの整理ができないという方がたくさんおられたからです。

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この遺品整理について私が担当した2018年のNHKラジオ講座テキスト「老前整理の極意」第10回 遺品整理をどうするか から紹介します。(NHK出版)

心の整理

 前略 遺品整理も老前整理と同様、ものの整理をするためには心の整理が必要です。遺品整理の場合の心の整理というのは、いやでも愛する人を失った悲しみと向き合わなければなりません。多くの人は、実際に愛する人を失うまで、その別れの悲しみがどのようなものか、想像するのも難しいでしょう。また亡くなった人との関係、どれくらい親しかったのか、亡くなった人が人生のどのような時期だったか、どのような状況で最期を迎えたのか、によっても悲しみの色合いがそれぞれ違います。

 このように「遺品整理」ということばでひとくくりにはできません。もし悲しみで遺品整理に手がつけられない人がいれば、そっと見守ってあげてください。今できるのはそれだけでしょう。

悲嘆のプロセス

わたしが遺品整理について悩んでいるときに出会ったのが、キャサリン・サンダース『家族を亡くしたあなたに』(ちくま文庫2012年)です。家族を失った悲しみというものがどういうプロセスを経て再生に向かうのかについて詳しく解説していました。ここのサンダースのいう「悲嘆の段階的な変化」を簡単に紹介します。

①家族や愛する人を失い「ショック」を受ける。

②「喪失を認識」することで余計悲しみが深くなる。エネルギーを使い果たすと、絶望に似た体験をする。

③自分の殻に「ひきこもり」落ち込む。次に回復しながら未来や希望について考えられるようになる

④「癒し」の時期。

⑤最後は「再生」で心も安定し、目が外に向くようになる。(数字は筆者)

このようなプロセスを経て、自分の暮らしを少しずつ取り戻していきます。しかしそれぞれの段階で何年かかるか、どのような事態が起こるかは一概に言えません。

(追記 ①~⑤と必ずしも順番通りにはいきませんし、④から②や⑤から③に戻ることもあるのでこの点ご注意ください)

 これは先にも書いたように、亡くなった人との関係や悲しみを受け止める人の性格や環境それぞれの事情にもよるでしょう。

 ここで遺品整理の話に戻すと、遺族がこの悲嘆のプロセスのどの段階かにより、対処法も考えなければならないということです。

 故人の持ち物がそのまま残されていることで、絆が続くと思う場合もありますし、慰めを感じる場合もあります。だからこそ心の整理がつかなければ手がつけられないのです。

 前略 ここで夫や妻、子ども、親と分けて書いているのは、それぞれの立場の違いがあり、ひとくくりで遺品整理と片づ付けられないからです。わたしも以前家族を亡くした方に対して、「日日薬」(ひにちぐすり)、つまり時が経てば治りますよということばを口にしたことがあります。しかしこれは誤りでした。悲しみの受け止め方、回復の時期は人により違い、月日がたっても癒されない傷、忘れられないこともあるということをたくさんの方から教えていただきました。また一人ひとり悲しみの受け止め方、悲しみ方も違うことを知りました。

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このような悲しみを癒すのには次のようなグリーフケアがあります。

グリーフ‐ケア(grief care)
《グリーフ(grief)は、深い悲しみの意》身近な人と死別して悲嘆に暮れる人が、その悲しみから立ち直れるようそばにいて支援すること。一方的に励ますのではなく、相手に寄り添う姿勢が大切といわれる。悲嘆ケア。デジタル大辞泉より


私も2016年から2年間、上智大学グリーフケア研究所で、グリーフケアについて学びましたが、知れば知るほど奥が深く、また、上記のテキストに書いたように一人一人悲しみ方、悲しみの表し方、受け止め方、回復の時期が違うということです。

また時がたったから、必ずしも悲しみが薄れるという訳ではありません。

人を失った悲しみと共に、家や家財、仕事を失った喪失による悲嘆もあります。悲嘆は目には見えません。元気な振りをして言葉に出せない人もおられます。

熊本地震から、「もう3年たったのだから」という言葉に、傷つく人もおられるかもしれません。周囲に傷ついた方がおられれば、見守ってあげていただきたいと思います。