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2019/01/16のBlog
[ 12:04 ] [ 食べ物 ]
晴れて寒さもほどほどの大阪です。

昨夜、大阪では震度1の地震がありました。体感でなく、ラジオで速報が出たからです。

そういえばあの時も寒いときだったと、阪神大震災のときのことを思い出しました。

24年前の1月17日。
大阪で生まれ、14日に成人式を迎えた若者たちは、大地震を知らないのですね。
いつ地震があるかわからない現在、地震の怖さを伝えることと、備えが大事だと思いました。


今日のお題は「較べる」です。
ネットでは家電製品やホテルの宿泊料金など、値段を比べるサイトがあるようです。

較べて、よりお得なサービス、商品を選ぼうという、サイトの側もサービスですね。
この流れかどうかはわかりませんが、スーパーでも「較べる」商品がありました。

それがこの焼き芋。焼き芋調査員(自称)としては見逃せません!

向かって左が安納芋(あんのういも)で、右が甘太くんです。
それぞれ1本でも売っているのですが、このように半分ずつパックになっているのも出現しました。

食べ較べると、安納芋は甘くて、少しサクッとした感じです。かたや甘太くんは、同じように甘いのだけれど、食感がスイートポテトのような、つまり少しねっとりした感じ。

確かに、こうして2つを食べ較べると違いがよくわかります。
どちらが好みかもわかるでしょう。

たぶん、別々に食べるとここまではっきりわからないと思います。
スーパーも考えてるな! と思いました。

ただ、私がまたこのセットを買うかというと、買わないと思います。
このあたりが消費者心理の微妙なところですね。

リピーターが増えれば、このセット(企画)は続くでしょうし、なくなれば、セットも姿を消すでしょう。

さてどうなりますか? 焼き芋売り場から目が離せません。


2019/01/15のBlog
[ 12:56 ] [ 芸術・映画・芸能・文化 ]
朝から仕事で奈良へ行って来ました。奈良は大阪より寒いです。
山の方には真っ白な霧がかかっていました。
先ほど大阪へ戻りましたが、大阪も雨でした。

昨日の続きの[エッシャー展]2です。

私がエッシャーの作品を見たのは二十歳の学生の頃ですから、どれほど昔のことか…縄文時代まではいかない。

その頃のエッシャー展で見た作品の多くは、今回、錯視(Optical Illusions)というテーマで飾られています。

今回の展示でも、人が多かったのはこのコーナーでした。
チラシの裏。
これらのエッシャーの絵で、学生時代の私は、視点や物の見方について考えるきっかけになりました。

そしてオプティカルアート(Optical Art)=錯視や視覚の原理を利用した絵画、彫刻の一様式。通称オプ・アートに興味を持ちました。代表的な作家はヴァザルリです。もちろんコンピューターのない時代の作品です。→

錯視プラス色使いにも惹かれました。
私がこのように視覚と、ものの見え方、見せ方、錯覚などに興味を持ったきっかけが、エッシャーでした。

今回の展示で、改めてエッシャーを見て、私が思っている以上にスゴイ作家だったのだなと思いました。

またイスラエル博物館所蔵の錯視以前の作品がたくさん出品されているのが見どころ大で、それらの作品をたどると、錯視に至る経過が面白かった。

おまけになりますが、私も以前、遊びで紙を使った作品を作っていたことがあります。
技術はいらず、紙を切って貼るだけ。(いかに暇だったか!)

このような役に立たないことをあれこれしてきたわけですが、昨年10月ごろにこのブログで書いた…行動経済学の本を読んだ時に、錯視の話が出てきたとき…私のしてきたことも無駄ではなかったと思ったわけです。

人生に無駄はないと申しますが、年を重ねて、そうだったのかとわかることもあるのだなと思います。

2019/01/14のBlog
[ 11:51 ] [ 芸術・映画・芸能・文化 ]
あたたかい成人の日で気温12度、振り袖姿のお嬢さんを見ると、お天気がよくてよかったねとひとりごと。

神社などでは,とんど焼きで、古いお札などのお炊き上げ。

年が明けたと思ったら、1月も半ばで、次に気が付くと節分くらいのスピードかなと思います。

先日、仕事帰りに[エッシャー展]に行って来ました。(20時まで開館で仕事帰りに寄れるのがよい!)

会場前の大きなポスター。(残念ながら、今日までなのです)

これは展示の最後にある体験型映像コンテンツです。

上の写真の絵と違い ○のところに怪しい人影があるでしょう。

エッシャーの作品の話の前に、最後のびっくり体験から紹介します。

セットの中で人が動き、それをカメラで録画して、すぐこのように十数秒の動画でアップしてくれるのです。

2秒の表示は動画があと2秒で終わりますということ。

体験する人は自分が登場するこの絵の部分をスマホで撮ります。

この後、横に設置の別画面にQRコードが出るので、それをスマホでダウンロードすると自分の動画も見られます。

(ダウンロード期間は7日間)

エッシャーの不思議な絵の中に自分が入り込んで、動くのを見るのは面白いです。

これが体験型映像コンテンツで、写真を消してしまったので紹介できませんでしたが、[ルーブル美術館展]でもありました。

ルーブルの場合は、カメラの前で写真を撮り、撮った顔の写真を展示中の名画の顔に当てはめて、その写真がスマホで撮れるのです。

文章で書くと複雑に感じますが、簡単で誰でも体験できます。

エッシャー展では、ルーブルの静止画が動画になっています。


美術館の展示も、作品の展示以外にこのような映像コンテンツが増えていくのでしょう。

未来小説にヴァーチャルリアリティーでいろいろ体験する場面があるのですが、これもその一つと思うと、不思議な気がします。



会場に入る前に、このような展示もあります。

銀の球にひもがついていて、エッシャーの作品と同じポーズで写真が撮れるようになっています。

美術館も見るだけでなく、いろんな体験をする場所になっていくようです。

作品については明日に続きます。
2019/01/13のBlog
[ 12:54 ] [ 頑張ってるぜ! ]
陽射しは明るく、昨日よりも温かい大阪です。

本日のお題「タガがはずれる」です。
きっかけは歩道に放置されているこの鉢?でした。
この木を見て、「タガがはずれない」から窮屈なのだろうと思いました。(黒い輪)
かといってはずすと、鉢はバラバラになってしまう。
そこでタガをはずさず踏ん張っています。
「タガがはずれる」ということばも、今ではほとんど使われませんね。
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箍が外れる たががはずれる 緊張や束縛がとれ、しまりがなくなること。
箍が外れるの由来・語源
「箍(たが)」は樽(たる)などの外側にはめる、竹や金属で作った輪のことで、それが外れると樽の板がばらばらになることからいうもの。
「箍が緩む」といえば、気がゆるむ、また、年を取って頭や感覚が鈍くなることをたとえていう
(由来・語源辞典より)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そもそも樽を使うことがなくなり、「たが」という言葉も何のことかわからないでしょうね。
寒い地域では、うちは今でも白菜や漬物を漬けるのに使っているよ、とおっしゃるかも。
そういう家庭の味の漬物がおいしいのですよね。
話が逸れました。

最近のニュースを見ると、事件になっているのは「たががはずれた」人ではないかと思います。
「やるべきこと」と「やってはいけないこと」の区別がつかなくなるのも「たががはずれる」でしょうか。

「樽」という「もの」がなくなると、「たが」ということばもなくなり、そういう考え方もなくなるのか。
まったく違うことば、もので表されるようになるのかなと思いつつ、身近なものでわかりやすく表現するのが、庶民の知恵だったのだと思います。

2019/01/12のBlog
[ 11:35 ] [ ご近所 ]
晴れた日が続いて、空気は乾燥中。
風邪をひかないようにご注意ください。

バラもあそこにひとつ、ここに一つという感じで咲いています。
薄いピンクに濃いピンク
黄色にピンク
白に薄いピンク

3月の選抜高校野球の入場行進曲に「世界に1つだけの花」が選ばれたそうですが、確かにこうして花を見ると似ているようで少しずつ違います。

もちろん人間もひとりひとり違います。違うことが当たり前だとみんなが思えたら、よいですね。


(1月11日発売の「週刊ポスト」に遺品整理の件でコメント(ひとこと)掲載)