2007/03/10のBlog
[ 14:56 ]
[ 報告 ]
事前に告知したつもりだったのに、テキストがきちんとアップされていませんでした。
残念。
というわけで、事後報告のみ。
昨日、恒例の「すなしま寄席」が行われました!
来場者は約30名、こじんまりですが、なかなか盛り上がった会となりました。
ご来場いただいた皆様、お手伝い、応援いただいた皆様、ありがとうございます。
レギュラーの小権太さん、今回は「長短」と「幾代餅」でした。
「幾代餅」、なかなかクオリティーが高くて、お客様も満足そうでした。
ゲストの舞祗さんは、車人形という珍しい芸。
みなさん、「こんなものがあったのか~」とびっくり。途中で客席からご祝儀が渡されるほど、盛り上がりました。車人形に続き、南京玉簾もお見事。そんじょそこらの玉簾ではない、洗練された技を見せてくれました。
例によって、写真をとり忘れ。
何も残っていないのが、残念ですが……
この模様は江東ケーブルテレビで放送されます。
4月後半に、「寄席のある街江東」という特集で、放送されるようです。
というわけで、昨日客席にはテレビカメラが。
終演後は、私と小権太さんがインタビューを受けました。
放送日時は、いずれまた、ここで告知します。
次回は、7月8日、午後4時から開催予定。
次回から、ちょっと出演者を増やして、お送りします。
出演は、柳家小権太さん、玉川奈々福さん、そして、桂平治師匠。
私がずっと思い焦がれていた真打に、ご登場願います!
<第8回すなしま寄席>
小権太「長短」、舞祗「車人形、南京玉簾」、小権太「幾代餅」
残念。
というわけで、事後報告のみ。
昨日、恒例の「すなしま寄席」が行われました!
来場者は約30名、こじんまりですが、なかなか盛り上がった会となりました。
ご来場いただいた皆様、お手伝い、応援いただいた皆様、ありがとうございます。
レギュラーの小権太さん、今回は「長短」と「幾代餅」でした。
「幾代餅」、なかなかクオリティーが高くて、お客様も満足そうでした。
ゲストの舞祗さんは、車人形という珍しい芸。
みなさん、「こんなものがあったのか~」とびっくり。途中で客席からご祝儀が渡されるほど、盛り上がりました。車人形に続き、南京玉簾もお見事。そんじょそこらの玉簾ではない、洗練された技を見せてくれました。
例によって、写真をとり忘れ。
何も残っていないのが、残念ですが……
この模様は江東ケーブルテレビで放送されます。
4月後半に、「寄席のある街江東」という特集で、放送されるようです。
というわけで、昨日客席にはテレビカメラが。
終演後は、私と小権太さんがインタビューを受けました。
放送日時は、いずれまた、ここで告知します。
次回は、7月8日、午後4時から開催予定。
次回から、ちょっと出演者を増やして、お送りします。
出演は、柳家小権太さん、玉川奈々福さん、そして、桂平治師匠。
私がずっと思い焦がれていた真打に、ご登場願います!
<第8回すなしま寄席>
小権太「長短」、舞祗「車人形、南京玉簾」、小権太「幾代餅」
2007/03/04のBlog
[ 22:12 ]
[ 報告 ]
家計のための仕事と、落語関係の活動でとにかく多忙です。
なかなか、「すなしま」新号の制作が進みません。
そんな中ですが、昨日、小名木川のクルーズに行ってきました!
江東区が要請している「リバーガイド」が、小名木川の説明をしながら運航している船で、昨年、私は、このための「リバーマップ」の制作にもかかわっています。
ちょうど席に空きがあるということで、ようやく参加しました。
都営地下鉄「森下駅」近くの高橋から、「東大島駅」近くの番所橋まで、電車だとわずか15分の距離を、平行して流れる小名木川を、約1時間かけて運航します。
船の中では、リバーガイドさんの案内が付きます。
そういうわけで、高橋から、こういう船でスタートしました。
なかなか、「すなしま」新号の制作が進みません。
そんな中ですが、昨日、小名木川のクルーズに行ってきました!
江東区が要請している「リバーガイド」が、小名木川の説明をしながら運航している船で、昨年、私は、このための「リバーマップ」の制作にもかかわっています。
ちょうど席に空きがあるということで、ようやく参加しました。
都営地下鉄「森下駅」近くの高橋から、「東大島駅」近くの番所橋まで、電車だとわずか15分の距離を、平行して流れる小名木川を、約1時間かけて運航します。
船の中では、リバーガイドさんの案内が付きます。
そういうわけで、高橋から、こういう船でスタートしました。
いつも見慣れている川も、川の中から町を眺めると、だいぶ違った風景に見えます。
感動したのは、この、扇橋の閘門。
小名木川の水量を二枚の扉で調整して、船の通行を可能にする水門です。このやり方は、パナマ運河と同じ方式だそうです。
この2枚の扉の中に船が入ると、後ろの扉がしまって、水面が一挙に下がります。
下がったところで前の扉が開きます。
こうして小名木川の極端な推移の差が調整されていて、船が通行できるようになるのです。
そんなことは、前から知っていましたが、こうした中からその調整のやり方を眺めると、ちょっと感動ですね。
感動したのは、この、扇橋の閘門。
小名木川の水量を二枚の扉で調整して、船の通行を可能にする水門です。このやり方は、パナマ運河と同じ方式だそうです。
この2枚の扉の中に船が入ると、後ろの扉がしまって、水面が一挙に下がります。
下がったところで前の扉が開きます。
こうして小名木川の極端な推移の差が調整されていて、船が通行できるようになるのです。
そんなことは、前から知っていましたが、こうした中からその調整のやり方を眺めると、ちょっと感動ですね。
そこからしばらく小名木川を運航すると、両側がこのように整備されています。
今まで、高い護岸壁でさえぎられていたのですが、その壁がなくなり、川岸が遊歩道になるようです。
それは、とてもすばらしいことなのですが、江戸時代の雰囲気を作るということで、お城の城壁のような張りぼての石が積まれていました。
なんか、それがあまりセンスよく思えないんです……。
これまでの歴史壁画にでもしたらいいのに名とも思います。
何はともあれ、あと数年で、小名木川の風景も大きく変わるということです。
今まで、高い護岸壁でさえぎられていたのですが、その壁がなくなり、川岸が遊歩道になるようです。
それは、とてもすばらしいことなのですが、江戸時代の雰囲気を作るということで、お城の城壁のような張りぼての石が積まれていました。
なんか、それがあまりセンスよく思えないんです……。
これまでの歴史壁画にでもしたらいいのに名とも思います。
何はともあれ、あと数年で、小名木川の風景も大きく変わるということです。
2007/02/18のBlog
[ 20:41 ]
[ 報告 ]
昨日、江東区の元加賀ホールで開かれた「勤労者のわくわくコンサート」に参加してきました!
勤労者の音楽ボランティア「おやぢフォーク」主催のイベントで、いろんな音楽グループが日ごろの技を見せあい、交流するものです。
私は、故あって落語で参加しました!
技を見せ合うというよりも、ほとんど、宴会のようなものでした。
もともと、このホールは寄席を意識して作られたものですが、始まる前からこのように、テーブルが並んでいて、酒につまみがそろった状態でした。
お客さんというよりも、参加者がそれぞれ飲みながら、他の参加者の音楽に楽しんで、のって、交流してという雰囲気で、その中でやる落語は……大変でした!
まあ、それなりに珍しさもあって受けましたが、あ~きつかった。
でも、楽しかったです。
音楽はみんなで盛り上がれるからいいですね。
来年は、ギター漫談とか、三味線芸なんかで出たいですね。
打ち上げも、誰かがギターを取り出して弾き始めると、みんなそれぞれ楽器を出して、あわせて演奏したり、歌ったり。
落語の打ち上げにはない、盛り上がりようでした。
皆様、お疲れ様でした。
いい勉強させてもらいました。
来年は、音楽で参加しますよ!
勤労者の音楽ボランティア「おやぢフォーク」主催のイベントで、いろんな音楽グループが日ごろの技を見せあい、交流するものです。
私は、故あって落語で参加しました!
技を見せ合うというよりも、ほとんど、宴会のようなものでした。
もともと、このホールは寄席を意識して作られたものですが、始まる前からこのように、テーブルが並んでいて、酒につまみがそろった状態でした。
お客さんというよりも、参加者がそれぞれ飲みながら、他の参加者の音楽に楽しんで、のって、交流してという雰囲気で、その中でやる落語は……大変でした!
まあ、それなりに珍しさもあって受けましたが、あ~きつかった。
でも、楽しかったです。
音楽はみんなで盛り上がれるからいいですね。
来年は、ギター漫談とか、三味線芸なんかで出たいですね。
打ち上げも、誰かがギターを取り出して弾き始めると、みんなそれぞれ楽器を出して、あわせて演奏したり、歌ったり。
落語の打ち上げにはない、盛り上がりようでした。
皆様、お疲れ様でした。
いい勉強させてもらいました。
来年は、音楽で参加しますよ!
2007/02/06のBlog
[ 00:32 ]
[ 報告 ]
無事、終了しました。
玉川奈々福名披露目興行in日本橋。
招待、スタッフも含めて約70人の皆様に囲まれ、賑々しく開催できました!
さすが奈々福、というグレードの高い会だったようですが、私は、全体を回すのと、あれやこれやの雑用で、見ている余裕はありませんでした。
録音を残して写真も撮って、と思っていたのですがすっかり忘れてしまいました。
非常に残念!
あ~オープニングが奈々福さんによる「時代」の独唱だったのに……。
もう一回、聞きたい。
もちろん、ゲストのきらりさんも、すばらしい高座でした。
まあ、口上に並ばせてもらったから、いいか。
というわけで、めくりと、お披露目の手ぬぐいです。
手ぬぐい、かなり素敵なデザインですね。
<玉川奈々福名披露目興行in日本橋> 奈々福「寛永三馬術」、きらり「佐野山の人情相撲」、口上(小太郎、きらり、奈々福、美佐子、豊子)、奈々福「浪曲シンデレラ」>
玉川奈々福名披露目興行in日本橋。
招待、スタッフも含めて約70人の皆様に囲まれ、賑々しく開催できました!
さすが奈々福、というグレードの高い会だったようですが、私は、全体を回すのと、あれやこれやの雑用で、見ている余裕はありませんでした。
録音を残して写真も撮って、と思っていたのですがすっかり忘れてしまいました。
非常に残念!
あ~オープニングが奈々福さんによる「時代」の独唱だったのに……。
もう一回、聞きたい。
もちろん、ゲストのきらりさんも、すばらしい高座でした。
まあ、口上に並ばせてもらったから、いいか。
というわけで、めくりと、お披露目の手ぬぐいです。
手ぬぐい、かなり素敵なデザインですね。
<玉川奈々福名披露目興行in日本橋> 奈々福「寛永三馬術」、きらり「佐野山の人情相撲」、口上(小太郎、きらり、奈々福、美佐子、豊子)、奈々福「浪曲シンデレラ」>
2007/02/03のBlog
[ 09:42 ]
[ 告知 ]
2007/01/24のBlog
[ 14:26 ]
[ つぶやき ]
昨日の昼は、ちょっと所用があって日本橋へ。
おなかが減ったので、この界隈で昼にしようと思って店を探す。
こういう場合、私は極力、チェーン店を避ける。
どこにでもあるようなお店ではなく、その街にしかない店に入るようにしている。
あれこれ迷いながら中央通と昭和通にはさまれた路地を歩いていると、「天丼」の看板を発見。
ちょっと奥まった路地に赤提灯が出ている天ぷらやが見えるので、「よし、ここに決定!」と、その店の前に。
こういう店は、絶対にうまいに違いないんだ~、と思いながら扉を開けようとしたときに、「え?」。
手をかけた扉がちょっと油っぽくて、ぬるぬるするのだ。
まあいいや、天ぷらやだからと思って、扉を開けると、店の中には誰もいない、狭い店のカウンターに座っていた親父さんが、「いらっしゃい」というよりも早く、強烈な油のにおいが「ツーン」と鼻を襲う。
まあ、天ぷらやだから油のにおいは仕方ないと思いながらも、何か、妙な感じがする。
古い工場なんかでにおってくる、使い古した油のようなにおいなのだ。
これはやばい、と思ったが、もう座ってしまったので逃げられない。
においは別として、味は食べて見なけりゃわからないと、天丼を注文するが、その間も、どうもその油のにおいに鼻を刺激されて、どんどん気分が悪くなる。
そこに、「どうも~」と、常連と思しきおばちゃんが店に入ってくる。
天ぷらを揚げている店主と親しそうにしゃべっていたが、「じゃあ、今日は、お刺身定食ちょうだい」。
ほ~、天ぷら矢の常連なのに、お刺身定食なんだ。どうなっているんだ、と思っているうちに天丼がくる。
普通、揚げたての天丼といえば、天つゆにしたしているといっても、基本的に天ぷらはさくさくだ。
ところが、この天ぷら、いつ揚げたの? というような見事な湿り具合。
食べてみると、天ぷらというよりも、天つゆがどうも油くさくて、気持ちが悪い。
食べるほどに、体が拒否反応を起こして、結局半分以上残して、逃げるように払いを済ませて、この店を出てきた。
もうしばらく、天ぷらは食べたくない気持ち。
というよりも、日本橋の裏に、こういう店が生き残っているという現実を考えて、逆の意味で、すごいな~と思った。
実は、この天ぷら屋に行く前に、日本橋ならここに行こうと決めた蕎麦屋があったのだ。
何年か前にできたところで、店の作りも、そばの味もかなりいいものがある。
何度かいってすっかり気に入った店だったのだが、それがなんと、閉店になっていたのだ。
あんな店がなくなって、こんな店は残っている。
それが、不思議でならない。
おなかが減ったので、この界隈で昼にしようと思って店を探す。
こういう場合、私は極力、チェーン店を避ける。
どこにでもあるようなお店ではなく、その街にしかない店に入るようにしている。
あれこれ迷いながら中央通と昭和通にはさまれた路地を歩いていると、「天丼」の看板を発見。
ちょっと奥まった路地に赤提灯が出ている天ぷらやが見えるので、「よし、ここに決定!」と、その店の前に。
こういう店は、絶対にうまいに違いないんだ~、と思いながら扉を開けようとしたときに、「え?」。
手をかけた扉がちょっと油っぽくて、ぬるぬるするのだ。
まあいいや、天ぷらやだからと思って、扉を開けると、店の中には誰もいない、狭い店のカウンターに座っていた親父さんが、「いらっしゃい」というよりも早く、強烈な油のにおいが「ツーン」と鼻を襲う。
まあ、天ぷらやだから油のにおいは仕方ないと思いながらも、何か、妙な感じがする。
古い工場なんかでにおってくる、使い古した油のようなにおいなのだ。
これはやばい、と思ったが、もう座ってしまったので逃げられない。
においは別として、味は食べて見なけりゃわからないと、天丼を注文するが、その間も、どうもその油のにおいに鼻を刺激されて、どんどん気分が悪くなる。
そこに、「どうも~」と、常連と思しきおばちゃんが店に入ってくる。
天ぷらを揚げている店主と親しそうにしゃべっていたが、「じゃあ、今日は、お刺身定食ちょうだい」。
ほ~、天ぷら矢の常連なのに、お刺身定食なんだ。どうなっているんだ、と思っているうちに天丼がくる。
普通、揚げたての天丼といえば、天つゆにしたしているといっても、基本的に天ぷらはさくさくだ。
ところが、この天ぷら、いつ揚げたの? というような見事な湿り具合。
食べてみると、天ぷらというよりも、天つゆがどうも油くさくて、気持ちが悪い。
食べるほどに、体が拒否反応を起こして、結局半分以上残して、逃げるように払いを済ませて、この店を出てきた。
もうしばらく、天ぷらは食べたくない気持ち。
というよりも、日本橋の裏に、こういう店が生き残っているという現実を考えて、逆の意味で、すごいな~と思った。
実は、この天ぷら屋に行く前に、日本橋ならここに行こうと決めた蕎麦屋があったのだ。
何年か前にできたところで、店の作りも、そばの味もかなりいいものがある。
何度かいってすっかり気に入った店だったのだが、それがなんと、閉店になっていたのだ。
あんな店がなくなって、こんな店は残っている。
それが、不思議でならない。
2007/01/22のBlog
[ 17:00 ]
[ 告知 ]
ペコちゃん焼きが製造中止になっているようです。
ペコちゃん焼きといえば、神楽坂の不二家にしか売っていないものだそうで、
最近はこの街おこし、街の活性化に一役買っていました。
なぜペコちゃん焼きがここでしか売っていないのか、ここでペコちゃん焼きが定着するにはどんな物語があったのか、
私としてはそのあたりのことに非常に興味がありますが、今回の騒動に巻き込まれるような形になってしまい、残念でなりません。
あの不二家は、どうみても直営店ではないと思います。
ということは、地元の方がやっているフランチャイズ店ということになるのですが、
街を代表するようなものに育てた地元の方の思いと苦労を、
本社の人たちはどう受け止めているのでしょうか。
私も、このブログにも書いたことがありますが、神楽坂が好きで、現在の街づくりの取り組みを、「すごいな~」と思って見ていました。
「すなしま」と同時期に創刊されたここのタウン誌も、できるだけ目を通して、自分の刺激と参考にしています。
実は、現在出ている号には、ペコちゃん焼きのことが載っていました。
それが、とても悲しく見えます。
ここはひとつ、「不二家という会社は認めないけど、神楽坂のペコちゃん焼きは、大切な街の財産だ!」というムーブメントを起こしてもいいのではないでしょうか。
さて、そこから無理やりつなげているわけではないですが、次号の「すなしま」に向けてようやく動き出しました!
なんと次号は、「ケーキ」と「居酒屋」を特集する予定です。
特に「ケーキ」は、表紙の絵を描いていただいている菅野先生も大乗り気で、「うまそうなケーキの絵を描く」といっていました。
というわけで、「すなしま」始まって以来の、甘くて、年齢層も若くなりそうな特集です。
私も、すでにいろいろ構想はあるのですが、
皆様の中で、すなしまエリアの「このお店のこれがおいしい」といった情報がありましたら、お気軽にお寄せください。
どんな内容にしようかと、とりあえず、大乃国親方のスイーツの本を買ってみました。
元相撲取りとスイーツというアンバランスさがなかなか面白いので、
こういう切り口もあるということで、参考にしようと思います。
ペコちゃん焼きといえば、神楽坂の不二家にしか売っていないものだそうで、
最近はこの街おこし、街の活性化に一役買っていました。
なぜペコちゃん焼きがここでしか売っていないのか、ここでペコちゃん焼きが定着するにはどんな物語があったのか、
私としてはそのあたりのことに非常に興味がありますが、今回の騒動に巻き込まれるような形になってしまい、残念でなりません。
あの不二家は、どうみても直営店ではないと思います。
ということは、地元の方がやっているフランチャイズ店ということになるのですが、
街を代表するようなものに育てた地元の方の思いと苦労を、
本社の人たちはどう受け止めているのでしょうか。
私も、このブログにも書いたことがありますが、神楽坂が好きで、現在の街づくりの取り組みを、「すごいな~」と思って見ていました。
「すなしま」と同時期に創刊されたここのタウン誌も、できるだけ目を通して、自分の刺激と参考にしています。
実は、現在出ている号には、ペコちゃん焼きのことが載っていました。
それが、とても悲しく見えます。
ここはひとつ、「不二家という会社は認めないけど、神楽坂のペコちゃん焼きは、大切な街の財産だ!」というムーブメントを起こしてもいいのではないでしょうか。
さて、そこから無理やりつなげているわけではないですが、次号の「すなしま」に向けてようやく動き出しました!
なんと次号は、「ケーキ」と「居酒屋」を特集する予定です。
特に「ケーキ」は、表紙の絵を描いていただいている菅野先生も大乗り気で、「うまそうなケーキの絵を描く」といっていました。
というわけで、「すなしま」始まって以来の、甘くて、年齢層も若くなりそうな特集です。
私も、すでにいろいろ構想はあるのですが、
皆様の中で、すなしまエリアの「このお店のこれがおいしい」といった情報がありましたら、お気軽にお寄せください。
どんな内容にしようかと、とりあえず、大乃国親方のスイーツの本を買ってみました。
元相撲取りとスイーツというアンバランスさがなかなか面白いので、
こういう切り口もあるということで、参考にしようと思います。
2007/01/21のBlog
[ 20:20 ]
[ 報告 ]
シャミーマンコンサート、無事、終了しました!
お客さんは、400人ぐらいだったでしょうか。
私も、きちんと参加して、3曲、しっかりと弾いてきました。
わからないところはうまくごまかしながら、弾いているふりをして。
見ていた人からは、きちんと弾いているように見えたそうです。
よかった。
というよりも、楽しかった~。
前日まで、これに出ることは、亀戸のイベントを盛り上げるためと、武春先生と親しくなるための、自分に課した宿題のような気がしていました。
しかし、本番が近づくにつれ、もっとやりたい、もっと楽しみたいって思ってました。
昨日一日で、他の受講生の方とも、急激に仲良くなって、連帯感も生まれました。
いただいたシャミーマン認定証明書、大事にします。
お客さんは、400人ぐらいだったでしょうか。
私も、きちんと参加して、3曲、しっかりと弾いてきました。
わからないところはうまくごまかしながら、弾いているふりをして。
見ていた人からは、きちんと弾いているように見えたそうです。
よかった。
というよりも、楽しかった~。
前日まで、これに出ることは、亀戸のイベントを盛り上げるためと、武春先生と親しくなるための、自分に課した宿題のような気がしていました。
しかし、本番が近づくにつれ、もっとやりたい、もっと楽しみたいって思ってました。
昨日一日で、他の受講生の方とも、急激に仲良くなって、連帯感も生まれました。
いただいたシャミーマン認定証明書、大事にします。
ところで、コンサートが終わった後、ホールの下の階のトイレに行ったら、このように、コンサートで配られたチラシが捨てられていました。
こういうのって、何かさびしい……。
このチラシの中には、私が作って、はさんでもらったものが三つもあります。
捨てるのならゴミ箱に捨ててくれればいいものを、こんな場所に、忘れていったのか、捨てていったのかわからないように置き去りにされると、悲しくなります。
私も、落語会などでもらったチラシ、不要なものは捨てます。
でも、こんなトイレに露骨に、目に付くように、置き去りにはしません。
なんだか、このチラシがかわいそうになって、もって帰ってきました。
幸いなことに、今まで私は、マンションのごみ置き場とか街の中とか、駅のゴミ捨て場で、「すなしま」が捨てられているのを見たことがありません。
それを見たら、たぶん、もっとショックなんだろうな~。
いろんなところで、フリーペーパーとか、新聞が捨てられているけど、いくらそれが当然といわれるほどのものでも、作った人が見ると、ああいうのはショックなんでしょうね。
そんなことも考えた、シャミーマンの一日でした。
こういうのって、何かさびしい……。
このチラシの中には、私が作って、はさんでもらったものが三つもあります。
捨てるのならゴミ箱に捨ててくれればいいものを、こんな場所に、忘れていったのか、捨てていったのかわからないように置き去りにされると、悲しくなります。
私も、落語会などでもらったチラシ、不要なものは捨てます。
でも、こんなトイレに露骨に、目に付くように、置き去りにはしません。
なんだか、このチラシがかわいそうになって、もって帰ってきました。
幸いなことに、今まで私は、マンションのごみ置き場とか街の中とか、駅のゴミ捨て場で、「すなしま」が捨てられているのを見たことがありません。
それを見たら、たぶん、もっとショックなんだろうな~。
いろんなところで、フリーペーパーとか、新聞が捨てられているけど、いくらそれが当然といわれるほどのものでも、作った人が見ると、ああいうのはショックなんでしょうね。
そんなことも考えた、シャミーマンの一日でした。
