視覚障害の方のための「オーダーメイドの避難訓練」実施報告書

報告者…津市ボランティア協議会会長 萩野茂樹

●開催日時/2012年6月24日(日)午後
●場所/志摩市鵜方中心部の 小川正次さん宅から鵜方駅から鵜方公民館
●小川正次さん(63)、明美さん(62)夫婦/ご夫婦とも全盲。志摩市鵜方の自宅兼仕事場で鍼灸マッサージ院を開業。小川正次さんは、志摩市視覚障害者協会の会長でもある。
●ボランティア参加者/萩野茂樹(津市ボランティア協議会)、里中(鳥羽市のボランティア連絡協議会)、江尻(視覚障害者支援ボランティア)松山(障害者施設勤務)、森(障害者施設勤務)

●防災訓練の概要/志摩市の小川正次さんの自宅から、三連動地震等の発生により、小川さんご夫婦が介助者による支援無しで避難する場合を想定し、避難ルートや避難方法を検証した。

●自宅で考えられる備え
地震発生時において、自宅での危険や問題は以下のとおりである。
基本的に、視覚障害の方の室内は片づけられて居る。これは、どこに何が置いてあるかをすべて記憶している必要があるため、散らかっていては生活できない為である。
しかし、家具が倒れる等で、普段の様子から変わってしまっては、すぐどうなっているかの状態を知る事ができない。その状況は手探りでしか知ることができないので、その場合慎重に探る必要がある。

・白杖(はくじょう)は、屋外への避難の際には不可欠である。地震の揺れによって散乱するという懸念について。…白杖は玄関の傘立てに立てられていた。地震で散乱しない為には、玄関ドア横にぶら下げておく必要がある。→小川さん自身で玄関脇に釘を打ちぶら下げるそうである。
・地震発生時室内が混乱する可能性…室内で倒れそうなものは、食器棚のみ。あとパソコンデスクはキャスターが付いているので、移動する可能性がある。が、基本的に部屋が広く、倒れそうな家具は少数なので、これによって玄関へ行くことが阻まれる事は無さそう。また、方向感覚を失い玄関が解らなくなることは無いと思われる。→近いうちに家具を固定すると言うことであった。
・ガラスの破損の可能性について…窓、間仕切りドア、茶箪笥、壁に掛かった額等にはガラスが使われているので、地震で散乱した場合には、様子が分からないため危険が生じる。また、避難に際してガラス等で怪我しないように気をつけなければならない。

●触れるハザードマップについて
今回、三重県のホームページから志摩市の被害想定をプリントアウトし、手芸用の「もこもこペン」を使用し触れるハザードマップを作成し持参した。
これは、志摩市の海岸線を盛り上がらせ触感で理解できるようにしたものである。
ただし、図を盛り上げて作成する場合は、例えばハザードマップでは、想定される津波高は最大波高は赤というように、色を区別して示しているが、触地図の場合示すことができる情報は限られるので、小川さんの指でその海岸線を触ってもらいながら、「ここは太平洋に面しているので最大波高になっています」と言うように、言葉で説明しながら理解してもらった。
志摩市の海岸線は複雑で入り組んでいるので、補助が無いと理解するのが難しいと思われる。

●使用した「もここもペン」とは
ペン状のチューブの細い先から、樹脂状のものが押し出される。これは乾燥すると、少し(1ミリ程)盛り上がり、触覚で理解できる。また、ドライヤーで熱を加えると樹脂が盛り上がり(太くなり)さらに判別が容易になるというものである。
商品名…マービーふくらむ絵の具6色セット(おもちゃ屋、文具店で1500円程度)
触地図作製の為には、立体コピー機(例、ミノルタパートナービジョン361)を使用する場合もあるが、あまり普及しておらず一般的ではないので、より一般化しやすい「もこもこペン」を使用した。
※しかし、紙のままだと剥離しやすいので、今回プリントアウトは、厚紙(のり付きスチロールボード(商品名、ハレパネ)に貼り付け作成した。

●屋外の建物に避難する場合は
(支援者が居ない場合、やむを得ず単独で避難する場合を想定した)
・小川さんの自宅から300メートルほど離れた近鉄鵜方駅の2階コンコースへの避難を想定した。駅舎は2階建てであるが、ホームの上にあるため普通の建物の2.5階程の高さがあり安心出来るためである。
 ここへの避難を想定した第一の理由は、小川さんが普段から通り慣れている事。また、小川さんの自宅から鵜方駅までは街のメインストリートであり、車道と歩道が区別され、また歩道の点字ブロックも駅までキチンと整備されている。道路添いのほとんどが建物も比較的新しく、道路添いにはブロック塀も無かった。

実際に歩いてみると、所要時間は8分であった。
また、メインストリートであることは、避難が必要な地震が発生した場合、近所の人を含め多くの人の避難路になると思われ、他の人の援助が期待出来る事も多い。

●視覚障害の方が避難する場合のその他のリスク
・道路添いの建物のガラスの破損の可能性。
・歩道の敷き石が地震によってでこぼこになると、白杖が使いにくくなり、また敷石につまずき転倒する可能性が高まる。
・頭上に架設された多数の電線の存在。広い道には電柱も多く、架設された電線が多く頭上を走っている。地震発生時にもし断線した架線(電線)が垂れ下がっている場合には、接触する可能性がある。視覚障害者の使用する白杖(はくじょう)はアルミなので、感電する可能性もあり。
・鵜方駅周辺は埋め立て地であり、液状化する可能性がある。(現在のところ未確認)

●鵜方公民館への避難の検討
・小川さんの自宅から通常12分ほどかかるという。鵜方駅のほぼ裏にあり、鵜方駅に比較して、小川さんの自宅からは少し遠いだけであるが、倍以上の時間がかかるとの事である。これは、点字ブロックが無い、歩道と車道の区別がない等で歩きにくいとのことが理由だとの事。
・この公民館は標高8.5メートルほどの場所にあるが、小川さんの家からのルートを含め、周囲の道路には全く点字ブロックが敷設されていない。

・視覚障害の方の通行経路の認識のしかた…鵜方公民館の場所は鵜方駅の裏にあたるが、通常小川さんは駅から公民館に行く事は無いので、自力で駅の改札口を越え駅の北口から自力でいくことはできなかった。それは、視覚障害の方は、「この道をどれだけ行ってどのあたりでどちらに曲がる」という形で認識しており、一般的に上空から見下した地図のようなものが頭の中にあるわけではない。この事例から考えれば、自力で避難する場合は、最初から駅に行くか、公民館に行くかを決めてから出発しなければならないと思われる。
・また、鵜方公民館には自力で行くことはできるが、点字ブロックが敷設されていない事の他に、道路が歩道と車道の区別がなく、道路添いには自動販売機や建築後かなり年数の経過した家屋も散在しているが、小川さんはふだん歩いているのだがその事は全く知らず、私たちが教えたことで初めてその事を知ったという状況であった。

●駅に避難する事
今回小川さんご夫婦が単独で避難する場合を想定すると、点字ブロックがあり行き慣れている鵜方駅に避難するのがベストの選択であった。
これは、志摩市の鵜方駅だけの問題ではなく、最近ではたいていの駅周辺には、点字ブロックが敷設されている。点字ブロックさえ敷設されており、視覚障害の方が避難する場合、逆方法にさえ行かなければ、駅でありばそれほどの問題は無く到達できると思われる。

●鵜方駅は、夜はシャッターが閉まる!
鵜方駅の入り口は、列車の運行時間外(夜23:30〜翌5:00迄)は一階の階段手前で、電動シャッターにより閉鎖される。現状では、緊急用の津波避難所(文末の津市の津波避難ビル参照)としては想定されておらず、津波による危険が生じた場合は駅員も避難所として指定されている公民館か小学校へ避難することになっているそうである。
もし今後、逃げ遅れた人や身体障害の方がとりあえず避難する場所として活用できるよう指定されれば、シャッターが閉鎖されている場合でも、駅員の方が避難する前にシャッターを開放しておいてくれるだけで、駅舎が応急的な避難場所として有効に活用できる可能性が高い。
(駅の中や売店に入れないように内側にもシャッターが設置されているので、盗難等の懸念は無いと思われる)
ただ、地震により停電した場合には電動のシャッターや階段の横に設置されていた車いす用のエレベーターが動かないかもしれないという問題は残る。

●駅は、観光客の避難にも有効では
志摩市鵜方町は観光の拠点でもあるので、障害者だけでなく、地理不案内の旅行者にとっても、場所が一番分かり易い駅に逃げるのは有効だと思われる。
また、あの改札口は、駅の東西の入り口を結ぶ通路でもあるので、時間的余裕があれば駅裏の公民館や高台に避難する避難路の役割も果たせる事になる。(しかし、また低い道路に降り避難するのは、その方が危険な感じが…)

●視覚障害者には、駅の存在を示す音声案内があれば
しかし、点字ブロックを手がかりにしている場合、たとえば転倒した場合や障害物に阻まれ迂回を余儀なくされた場合、特に切迫した状況で冷静さを失っている時には、容易に方向感覚を失う場合がある。それを防ぐ方法としては、駅のホームや改札口前のスピーカーで、「こちらは鵜方駅です。災害が発生したのでみなさん避難しください」という自動アナウンスが実施されれば、手がかりになると思われる。
これは、視覚障害者だけでなく旅行者にも、あるいは夜間にも役に立つのではと思われる。

●そのほかの対応策
ライフジャケットを活用する可能性。写真はアウトドアメーカーのモンベルが試作している「浮クッション」という、普段はクッションとして使用し、津波の危険が有る場合にはライフジャケットとして機能するものである。もちろん、津波は巻き込んが瓦礫ともに襲いかかってくるので、万全という事ではないが、避難の遅れる可能性のある障害を持った
人に取っては、救命の可能性が高まるものである。
また、小川さんは自宅の常備することを考えているが、応急的に避難する「津波避難ビル」等に常備しておくのも有効であると考えられる

視覚障害者であることを周囲に知ってもらうためのジャンバー。ジャンバーの背中には、視覚障害者を表すシンボルマークと「私は目が不自由です」と書かれている。視覚障害者は、一目で判別できない場合もあるので、避難する際に周囲から援助を受ける際に有効であると思われる。

●小川さんからの感想
今回の「視覚障害者の避難訓練」が引き金となって一人で避難しにくい人や身体に不自由なところのある人たちが自分から進んで避難に対する認識を持って頂けるようになれば嬉しいと思っております。

●参考・津市の津波避難ビルについて、
……以下転載
津波避難ビルの候補施設の募集について
 近い将来、東海、東南海・南海地震の発生が懸念されており、津市においても、揺れによる被害のほか、沿岸地域においては、津波による被害も予測されています。
 このことから、津市では、津波による浸水が予測されている地域を対象に、津波から緊急的に身を守るために一時的に避難する建物として、津波避難ビルの候補施設を募集します。
 対象地域内に要件を満たす建物を所有又は管理されている個人又は法人で、津波発生時における津波避難ビルとしての使用に無償でご協力いただける方は、防災室までお申し出ください。

津波避難ビルについて
 津波避難ビルは、津波による浸水が予測される地域内において、避難が遅れた住民や救助に従事する者等が緊急かつ一時的に、身の安全を守るために避難する建物です。

津波避難ビルの要件
 津波避難ビルの要件は、原則として、次のいずれにも該当するものとします。
 ・3階以上の鉄筋コンクリート造(RC)又は鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC)であること。
ただし、津波による浸水が低いと予測されている地域においては、建物の形状等により、鉄骨造(S)及び2階建の建物も可。
・新耐震基準(昭和56年6月1日以降の建築基準法における耐震基準)を満たすものであること。
 ・3階以上(2階屋上を含む)の階に一時避難が可能な場所を有すること。
 ・海岸に直接面していないこと。
 ・緊急時に地域住民の一時避難が可能であること。

対象地域
 三重県が作成する「津波浸水予測図」において、津波による浸水が予測されている地域
 詳しくは、津波浸水予測図等をご覧ください。