2009年岩見沢探訪記その75

大木裕之さんを囲んでのアーティストトークのつづき

「メイ」という二文字のカタカナが啓示のようにやって来て、五月のことかと思い取り組んでいたら中国語では美をメイと読むことから美もテーマに。
よいしょしているわけじゃないけど岩見沢面白い。百餅祭りやザワールドも 
ある町の祭りは賛否あっても自然に生まれるものじゃないし、その面白さの理由とか、僕は映画を通してその謎をといていきたい
たまたま出会いでそうなった映像、でもそれが重要だと確信するショットを核に50分をどう構成するかという作り方しているんだけどそれがなぜ重要なのか

質問コーナーへ

学生さん「人との関係について撮っているんだと思った」
大木さん「水戸芸でやった04年、05年バージョンはわかりやすかった。それを五年分にしたからわかりにくいかもしれない。上映環境との兼ね合いもあるし、いろいろバージョンを変えていくことについて迷うことはある」 

学生さん「編集、変化させていくのが大事なのか」
大木さん「2000年以後、ビデオになってからは流動的な編集が許されるようになった。映像表現はまだまだ未開拓。納得するまで撮り続けるやり方になるしかない」

学生さん「生き物のような作品だと思った。大木さんがしゃべっているのは?」
大木さん「その時思ったことをしゃべっている。撮りながら見返してるから自分の中に蓄積されて出てくるということはある。眠っているものが引き出されることもある。僕はそんなに回さないから。言葉は難しい。ダブルミーニングとか。それを完全にコントロールするのでなく使いたい。言葉を映像の中で使うのは試行錯誤」

学生さん「美とはなんですか」
大木さん「時間が重要。時間を含んでる、ということ。そこが大事で、なのにそれが欠けているような気がする。それを探究すること。美がいいものかもわからない」

学生さん「どう受け取っていいのかわからなかったが、誰に話すかで話し方が変わるような感じかと理解した。批評についてどう思うか」
大木さん「見ることで成立する。いろんな捉え方をする人との場は大事だ」

遠藤さん「大木裕之の頭を見ている感覚になって途中気持ち悪くなった」

学生さん「メイ=迷と感じた。今の大木さんのメイは?」
大木さん「わからないがこじつけ、リアリティのないものにはしたくない。これからも考え続けると思う。もう一回見ると全然違う印象だと思う」

30数名の学生さんからは実に活発な感想や質問が飛び交いました。
こういう場は素晴らしいですね
これから会場をiwamizawa90°へ移して交流会です

一方、私は銭湯が10時で閉まってしまうのでかなこママに乗せていただき五月湯へ。
一風呂浴びてから交流会へ向かいます。

(つづく)