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日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)
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2019/11/21のBlog
長野訪問について 今回は時系列に活動を報告します。
日 程 11月2日土から4日月祝

11月2日晴れ
13時20分 レンタカー長野店
13時40分 長野市北部ボラセン到着
13時50分 豊野西小学校避難所へ
 避難者は約200名
 段ボールベットと間仕切りは出来ていた。
 職員は2交代で担当 7時から19時、19時から7時
 炊き出しは、直接避難所で対応している。かぶっていなければ受けているとのこと。
 昼間は、自宅の片付けに行かれる避難者が多く、作業着があれば助かるかもしれないが、
サイズがバラバラなので送ってもらってもむずかしいかもしれないとのこと。
 11月末に3か所仮設住宅が完成予定合計約100戸。増える可能性あり。
 みなし仮設の受付も体育館内で行っている。1日に1から2件ほど相談はあるが、まだ
入ることを決めた方はほとんどいない。
14時30分 再度長野市北部ボラセン訪問
16時00分 赤沼地区のお宅を再訪問
お父様にお会い出来た。本日もボラセンから小学生と中学生など若者が5から6名ほど来てくれたとのこと。車庫の泥かき作業をしてもらった模様。20分ほどお話をしてまた来ますと言って須坂市方面へ出発した。
17時20分 須坂市ボラセン到着 終了してスタッフは誰もいなかった
 須坂市ボラセンは11月3日か4日で終了予定。それ以降は、須坂市社協としての活動として、ボランティアを事前に登録して週末のみ活動を行う方針。
17時30分 須坂市市民体育館の避難所へ
 11月10日で避難所は閉鎖予定
 県営住宅の方がほとんどで、改修工事が11月10日には終わるので、避難所は全員
戻れる予定。
 救援物資は足りているので現在はお断りしている。 
 職員は3交代で担当している。
18時40分 レンタカー長野店で車を預ってもらう。
19時00分 宿舎到着 萩野氏と合流:萩野氏は1日南部のボラセンで受付をして北部ボラセン経由で、サテライトりんごの郷でバスを降りて徒歩で行けるリンゴ農家のお手伝いを6名で行ったとのこと。
19時20分 食事しながら本日の振り返りと明日の打合せ
21時00分 解散
11月2日の長野市ボランティア数
 北部ボラセン:約1200名
 南部ボラセン:約 800名
 合計 約2000名
長野訪問2日目
11月3日 曇り そんなに寒くない
7時40分 宿舎発
8時01分 長野駅から長野電鉄に乗車
8時20分 柳原駅着 徒歩で北部ボラセンへ移動
8時30分 北部ボラセン 文化センターに到着
 文化センターの建物内ではなく、建物の裏側のスペースにテントと3から4張り立てて、そこでボランティアの受付や資機材の貸し出しなどを行っていた。運営は、長野県社協や応援社協職員など。細長いスペースで、少し混雑気味ではあった。
 まず、初めてのボランティアと2回目以降のボランティアに分かれて並ぶ。
 だいたい、100名ぐらいでグループ分けをした上で、下記の流れで進めていっていた。

 オリエンテーション約15分 初めてのグループと2回目以降のグループを交互に。
 受付 氏名、住所、電話、ボランティア保険の有無を記入する。
 ワッペンにフルネームをカタカナで書く
 細いポストイット2枚に、氏名と携帯電話を記入する。
 基本5名で1チームに分かれ、A4用紙2枚に全員ポストイットを貼っていく。
 リーダーを決めて、A4用紙の1枚はサテライトへの送迎バスに乗る時にスタッフに渡し、残りのA4用紙1枚は、サテライトのスタッフに渡すように指示があった。
9時10分 送迎バス出発 マイクロバスで、5班のボランティア26名が乗車
9時30分 長沼南の交差点近くでバスを下車
9時40分 北部北町ボランティアサテライトに徒歩で到着 サテライトはテントのみ
 サテライトスタッフから我々は6班と告げられた。リーダーを決める。
リーダーに対して作業内容の説明があり、また、チーム全員に対しては現地スタッフから
簡単な注意事項や資機材の借りる場所やトイレの場所の案内があった。備品を借りる場合は、記入用紙にリーダーが記載して自分で保管して持っておく。
その後、現地スタッフが我々6班をある宅に案内してくれた。
9時55分 あるお宅で作業開始 5人家族。リーダーの指示により30分活動しては休憩。
 2メートルほど浸水。2階は大丈夫だったが、1階は全滅。泥のかき出し作業はほぼ終わっていたが、ボラセンからは、残っている床下の泥かきや、壁の石膏ボードの取り外しや残っているくぎ抜きの作業の依頼があった。行ってみるとそれ以外に、側溝に溜まっている泥のかき出し作業もあった。このあたりの地域は、浅川の近くにあり、土地がとても低く地価が安かったので18年前に購入された。2年ほど前に近くの電柱には浸水想定5メートルという表示板が貼られたそう。しかし、この家族を始め、住民の多くは、浅川が氾濫しても床下浸水ぐらいで、まさか千曲川が決壊することはないと思っていた、と口を揃えたように言われていた。
12時00分 昼食。
12時45分 萩野氏は、お父さんの車で豊野駅まで送迎していただく。
15時10分 作業終了
北部北町サテライトで借りたスコップや一輪車などの資機材を返却し、リーダーからサテライトスタッフに活動の報告を行ったあと、バス停車のところまで歩き、送迎バスに乗り北部ボラセンに移動した。バスは、今回浸水した新幹線の車庫横を通ってくれた。
15時30分 北部ボラセン到着
16時00分 北部ボラセン出発
16時19分 柳原駅から長野鉄道で長野駅へ
16時37分 長野駅着
18時00分 宿舎にてふりかえりと明日の打合せ
20時00分 終了

11月3日のボランティア数
約3000名暫定数字
長野訪問3日目 くもり 少し肌寒い
8時00分 宿舎出発
 近くのレンタカーに置いていたレンタカーに乗車
 途中、長野運動公園と富士通長野工場に立ち寄る。この二つは、車で参加するボランティアが駐車して、北部ボラセンまで送迎バスで送り迎えしてくれている。ただし、週末のみの対応
8時45分 赤沼地区の寺院に到着
 今回の依頼者である滋賀県のNPO法人FFSのメンバー2名は到着されていた。大きな敷地にある建物すべてが、3メートルほど浸水。ご住職の奥さまだけがここには住んでいる。娘さんと息子さんは別の場所に。水害当時は娘さんがたまたま帰省されていた。
作業内容は、床板はほとんどはがされていたので、残っている床板のはがす作業や、床下に少し堆積した泥のかき出し、高圧洗浄機で玄関や床下の泥を洗い流す、あるいは、浸水した家財道具やオルガンなどを軽トラックで運搬する作業などをお手伝いした。
すべての部屋の床下には割った瓦が敷き詰められていて、堆積した泥だけかき出すのは結構むずかしく、はっきり堆積している泥の部分だけはスコップでかき出して、あとは、高圧洗浄機で洗い流すとのこと。6畳の部屋の床下を高圧洗浄機で洗浄させてもらったが、この部屋だけで2時間ほどかかった。床下は土なので、水をかけても溜まることはなく、排水もいいので、まずは水で泥やにおいを洗い流した後は、自然乾燥させるとのこと。地域によって色々とやりかたが違うのだなと思った。
12時00分 昼食休憩
14時00分 作業終了し、帰路に着いた。
 ボランティアはまだまだ必要です。今後も引き続き、支援活動を継続する予定です。
2019/11/06のBlog
[ 00:02 ] [ 災害救援 ]
11月2日に新潟県刈羽村で行われた第6回コナモン大会に参加してきました。コナモン大会は、被災地間の交流の一環として東日本大震災以降継続的に開催されてきました。今回は、野田村チーム(東日本大震災)、チーム関西(阪神・淡路大震災)の2チームが連合で出店し、それぞれの地域の名産物を生かした「コナモン」をふるまいました。今回、チーム関西は、お好み焼きを出店しました。本場の四川ソースの辛みの効いた四川風味、素材の味を生かした神戸風味の2種類を用意しました。チーム野田村は、焼きそばを出店しました。ウニ入れの焼きそばが大会の一番売れたメニューになりました。ちょっと寒い11月の頭にも関わらず、コナモン大会は大盛況で、用意していたお好み焼きと焼きそばは完売することができました。
尚、本大会のチーム関西の売り上げは全額「台風19号豪雨災害」の活動支援金にさせていただきます。また野田村チームの売り上げに関しても、ご賛同をいただき、「台風19号豪雨災害」の活動支援金としてご寄付いただきました。
当日、お手伝いいただいた大阪大学の学生さん、ご協力ありがとうございました。

2019/10/26のBlog
10月21日(月)と22日(火)の日程で、当団体関係者で再度長野市を訪問しました。10月21日朝7時過ぎに大阪を出発し、長野駅には昼頃に到着。大阪大学の先生より知り合いの方のお宅が浸水被害を受けたという情報が入り、早速現場に向かうために長野駅からしなの鉄道に乗って豊野駅へ移動し、そこから約30分ほど歩いて千曲川の決壊現場に近い赤沼地区にあるお宅に向かいました。道を歩いていると車が通るたびに砂ぼこりが舞い上がり、マスクなどの着用は必須です。また、このあたりはあちらこちらにリンゴ畑があり、多くのリンゴが地面に落下していて、とても心が痛みました。
赤沼のお宅に到着すると2階建てで約2メートル以上浸水しており、1階部分の床板をはがす作業をご親戚やお仕事仲間の方々でされていました。とりあえず翌日の作業内容を確認した後に、もう1軒依頼のあった津野地区にある正覚寺という寺院を目指しました。しかし、浸水により道路状況が相当悪くその日は訪問を断念し、北部ボランティアセンターへ向かうことにしました。ここで朝からボランティア活動に参加していた仲間と合流し、少し時間があったので、資機材の返却作業を少しお手伝いしました。17時前になり近くの柳原駅から長野鉄道に乗って長野駅前の宿泊施設へ向かいました。夜は、南部ボランティアセンターを通じてボランティア活動に参加していた当団体の役員である萩野や大阪大学の稲場先生とも合流し、活動のふりかえりと翌日の活動の打ち合わせなどを行いました。
翌22日は、朝7時過ぎに宿泊施設を出発し、昨日訪問した赤沼地区のお宅と津野地区の正覚寺に向かいました。まず、正覚寺にて滋賀県の非営利団体フェイスフル フレンド ソサエティのメンバーらと合流し、屋内の泥かき作業のお手伝いをさせていただきました。途中水に浸かったアルバムが10冊ほど出てきたので、写真洗浄の経験のある萩野がとりあえずタオルで写真の水分をふき取るという応急処置をさせていただくことになりました。持ち主の方にとても喜んでいただけました。約3時間ほど作業を行ったあと、次に赤沼のお宅に行き、床下の泥出し作業を滋賀のメンバーと一緒に行いました。2時間弱作業を行ったところで、我々は帰路に着きました。残って作業を継続してくださっていた滋賀のメンバーは、15時40分後に携帯電話に、ダムの緊急放流による河川の氾濫警戒情報、という緊急メールが一斉に入り、すぐに作業を終えて高台に車で避難したとのことです。被災地では被災者もボランティアも安全第一で活動を行うことが
とても大事だと改めて思いました。
正覚寺のある津野地区は、テレビの映像でもよく映っていた千曲川の決壊現場に近く、今回一番浸水被害の影響が出ている地域かと思われます。東日本大震災での津波被害を彷彿されるかのごとく、半分以上倒壊している家屋もたくさんあり、中には100メートル以上も流されていた家屋もありました。ボランティア活動も本格化してきていますが、被災した地域も広範囲で長期戦になるのではないかと思います。ただ、このあたりは雪国などで本格的な冬シーズンになるまでが、一つの大きな目標になるかもしれません。当団体としては、今後も他団体とも連携しながら支援活動を行っていきたいと考えています。引き続きご支援ご協力どうぞよろしくお願いいたします。
2019/10/24のBlog
10月19日
19日(土)は雨のため、福島県下のほとんどのボランティアセンターの活動は中
止となりました。J-NETのメンバーでもあるNPO法人ハートネットふくしまさんと
ともに、郡山市内の被災箇所をまわり、各地区の集会所やボランティア受付箇
所に救援物資のマスクや手指消毒剤、軍手などを届けました。
郡山市内も、複数箇所で堤防が決壊したため、浸水した地域が散在しており、街
の至るところに災害廃棄物が山積みとなっていました。また郡山市では住宅地の
みでなく、工業団地にも浸水被害があったため、被害を免れた店舗においても、
食品などの商品の確保ができないことから休業している状況でした。
NVNADでは、東日本大震災被災者支援の一環として、8年以上にわたり、ハートネッ
トふくしまさんを通じて、仮設住宅や復興住宅での茶話会用に毎月西宮市の高山
堂様の和菓子を送らせていただいていますが、10月分のお菓子は、浸水した工業
団地内にある運輸会社で水没してしまったとの連絡を受けたところです。
実際、被災地に足を運ぶと、報道で見ているのはほんの一部にすぎないことを改
めて感じます。
台風19号豪雨災害により甚大な被害を受けた福島県本宮市および郡山市にて10月
18日~20日の3日間活動しました。

10月18日
福島県本宮市を訪問。本宮市は一級河川の阿武隈川のみでなく、その支流の安達
太良川の両方から街の中心部に水が流れ込んだため、被害は広範囲に及び、街の至るところ
が浸水している状況でした。被災家屋の周辺、道路には災害廃棄物が山積みになっ
ており、埃と臭いの中、被災された方々そしてボランティアが泥水に使った家財
道具の運び出しや掃除に追われている状況でした。夜から大雨の予報が出ていた
ため、できる限りのことを…と焦っておられる方も多く、その一方で、何から手
をつけたらよいものか途方に暮れている方もいらっしゃいました。
本宮市では、東日本大震災以来、支援・交流を続けさせていただいているお宅を
訪問させていただきました。ご夫婦は、住み慣れた南相馬市の自宅に戻ることを
諦め本宮市に移ってこられました。伺ってみると、3年前に購入された新居は
2.5m以上浸水していました。ようやく新しい生活にも慣れ、地域にも馴染んでき
たとうかがっていた矢先の水害に、おかけする言葉が見つかりませんでした。
1階が完全に浸かってしまったご自宅では、息子さん達が懸命に後片付けをされ
ていました。私も掃除等のお手伝いをさせていただく予定で準備していましたが、
息子さん達からは「両親の話し相手になっていただけるとありがたいです」とい
う言葉をかけられました。前日にボランティアの手伝いもあって、家財道具の運
び出しが一段落していたこともありますが、最初は遠慮されているとの思いを持
ちながら、無事だった2階部分でお話をさせていただきました。趣味のカメラは、
特に想い入れのあるものに絞って、南相馬から持ってこられたそうですが、その
カメラも泥だらけになっていました。アルバムをはじめ、何とか元の自宅から持っ
てこられた思い出の品の殆どが泥水に浸かってしまったそうです。「過去を失っ
てしまった感じです」と呟いておられたことが、今も深く残っています。
何をお手伝いできたわけでもないのですが、ご家族からは、「表情が全然ちがっ
てきました。明るくなってきました。本当にありがとうございました。またよろ
しければいらしてください」と言っていただきました。大きなことはできません
が、出会った方を大切に、丁寧な支援を…との思いで活動を続けてきましたが、
これからもその思いを大切に活動を続けたいと感じた1日でした。
10月20日
前日の雨は止み、ボランティアの姿が多数見受けられました。
今日は郡山市中田地区で裏山が崩れ土砂が流れ込んだ家屋において、土砂のかき
出し作業に参加しました。市街地から離れた山間の地区へのボランティア派遣は
難しいようで、ハートネットふくしまさんのボランティアさんの他、山形県から
のボランティアさんを加えた10名で作業にあたりました。重機を使った作業が必
要と思われる規模の被害でしたが、重機を入れるために、その前段階として手作
業が必要との判断で作業を行いました。
どう考えても、ご家族だけではどうしようもない規模の被害です。まだまだ人手
が足りていないことは明らかです。

ひとまず福島県での3日間の活動を終えて帰阪しますが、NVNADとしましては、で
きるだけ極め細やかな支援を行いたいと考えております。
皆様のご支援により現地での活動ができますことに心より感謝申し上げます。

2019/10/23のBlog
台風19号の被害は、東日本大震災以来支援を続ける岩手県野田村も、ということで19日20日と現地に向かいました。
 野田村の隣の久慈市も被害が大きかったとの情報がありましたが、野田村に向かう道路にも何ヵ所か土砂が流れたあとがあり、水路を樹木がふさぎ冠水したところもありました。
野田村は村の中心部を流れる宇部川が氾濫し、13日午前2時前に初の大雨特別警報が発令され、野田小中学校や国民宿舎えぼし荘などの避難所に、200人以上の村民が避難しました。通常のボランティアセンター内で災害ボランティアを募集し、野田村社協では20日は近隣からのボランティア約100人を受け入れて、被害家屋周辺の土砂のかき出しなどが行われました。センターでは今後もニーズに対応していくとのことです。
NVNADでは毎年子どもたちの交流事業を行っていますが、西宮市の中高生とプレーパークをしたのんちゃん公園にも台風の爪痕がありました。
 野田村では、隣接する普代村が被害甚大とのことで、役場職員を台風後の15日から派遣。ボランティアセンターでも今後支援しようとしています。
 各地で多くの被害をもたらした台風19号ですが、1日も早い復興が待たれます。
(NVNAD理事 米山清美)
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