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日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)
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2019/10/26のBlog
10月21日(月)と22日(火)の日程で、当団体関係者で再度長野市を訪問しました。10月21日朝7時過ぎに大阪を出発し、長野駅には昼頃に到着。大阪大学の先生より知り合いの方のお宅が浸水被害を受けたという情報が入り、早速現場に向かうために長野駅からしなの鉄道に乗って豊野駅へ移動し、そこから約30分ほど歩いて千曲川の決壊現場に近い赤沼地区にあるお宅に向かいました。道を歩いていると車が通るたびに砂ぼこりが舞い上がり、マスクなどの着用は必須です。また、このあたりはあちらこちらにリンゴ畑があり、多くのリンゴが地面に落下していて、とても心が痛みました。
赤沼のお宅に到着すると2階建てで約2メートル以上浸水しており、1階部分の床板をはがす作業をご親戚やお仕事仲間の方々でされていました。とりあえず翌日の作業内容を確認した後に、もう1軒依頼のあった津野地区にある正覚寺という寺院を目指しました。しかし、浸水により道路状況が相当悪くその日は訪問を断念し、北部ボランティアセンターへ向かうことにしました。ここで朝からボランティア活動に参加していた仲間と合流し、少し時間があったので、資機材の返却作業を少しお手伝いしました。17時前になり近くの柳原駅から長野鉄道に乗って長野駅前の宿泊施設へ向かいました。夜は、南部ボランティアセンターを通じてボランティア活動に参加していた当団体の役員である萩野や大阪大学の稲場先生とも合流し、活動のふりかえりと翌日の活動の打ち合わせなどを行いました。
翌22日は、朝7時過ぎに宿泊施設を出発し、昨日訪問した赤沼地区のお宅と津野地区の正覚寺に向かいました。まず、正覚寺にて滋賀県の非営利団体フェイスフル フレンド ソサエティのメンバーらと合流し、屋内の泥かき作業のお手伝いをさせていただきました。途中水に浸かったアルバムが10冊ほど出てきたので、写真洗浄の経験のある萩野がとりあえずタオルで写真の水分をふき取るという応急処置をさせていただくことになりました。持ち主の方にとても喜んでいただけました。約3時間ほど作業を行ったあと、次に赤沼のお宅に行き、床下の泥出し作業を滋賀のメンバーと一緒に行いました。2時間弱作業を行ったところで、我々は帰路に着きました。残って作業を継続してくださっていた滋賀のメンバーは、15時40分後に携帯電話に、ダムの緊急放流による河川の氾濫警戒情報、という緊急メールが一斉に入り、すぐに作業を終えて高台に車で避難したとのことです。被災地では被災者もボランティアも安全第一で活動を行うことが
とても大事だと改めて思いました。
正覚寺のある津野地区は、テレビの映像でもよく映っていた千曲川の決壊現場に近く、今回一番浸水被害の影響が出ている地域かと思われます。東日本大震災での津波被害を彷彿されるかのごとく、半分以上倒壊している家屋もたくさんあり、中には100メートル以上も流されていた家屋もありました。ボランティア活動も本格化してきていますが、被災した地域も広範囲で長期戦になるのではないかと思います。ただ、このあたりは雪国などで本格的な冬シーズンになるまでが、一つの大きな目標になるかもしれません。当団体としては、今後も他団体とも連携しながら支援活動を行っていきたいと考えています。引き続きご支援ご協力どうぞよろしくお願いいたします。
2019/10/24のBlog
10月19日
19日(土)は雨のため、福島県下のほとんどのボランティアセンターの活動は中
止となりました。J-NETのメンバーでもあるNPO法人ハートネットふくしまさんと
ともに、郡山市内の被災箇所をまわり、各地区の集会所やボランティア受付箇
所に救援物資のマスクや手指消毒剤、軍手などを届けました。
郡山市内も、複数箇所で堤防が決壊したため、浸水した地域が散在しており、街
の至るところに災害廃棄物が山積みとなっていました。また郡山市では住宅地の
みでなく、工業団地にも浸水被害があったため、被害を免れた店舗においても、
食品などの商品の確保ができないことから休業している状況でした。
NVNADでは、東日本大震災被災者支援の一環として、8年以上にわたり、ハートネッ
トふくしまさんを通じて、仮設住宅や復興住宅での茶話会用に毎月西宮市の高山
堂様の和菓子を送らせていただいていますが、10月分のお菓子は、浸水した工業
団地内にある運輸会社で水没してしまったとの連絡を受けたところです。
実際、被災地に足を運ぶと、報道で見ているのはほんの一部にすぎないことを改
めて感じます。
台風19号豪雨災害により甚大な被害を受けた福島県本宮市および郡山市にて10月
18日~20日の3日間活動しました。

10月18日
福島県本宮市を訪問。本宮市は一級河川の阿武隈川のみでなく、その支流の安達
太良川の両方から街の中心部に水が流れ込んだため、被害は広範囲に及び、街の至るところ
が浸水している状況でした。被災家屋の周辺、道路には災害廃棄物が山積みになっ
ており、埃と臭いの中、被災された方々そしてボランティアが泥水に使った家財
道具の運び出しや掃除に追われている状況でした。夜から大雨の予報が出ていた
ため、できる限りのことを…と焦っておられる方も多く、その一方で、何から手
をつけたらよいものか途方に暮れている方もいらっしゃいました。
本宮市では、東日本大震災以来、支援・交流を続けさせていただいているお宅を
訪問させていただきました。ご夫婦は、住み慣れた南相馬市の自宅に戻ることを
諦め本宮市に移ってこられました。伺ってみると、3年前に購入された新居は
2.5m以上浸水していました。ようやく新しい生活にも慣れ、地域にも馴染んでき
たとうかがっていた矢先の水害に、おかけする言葉が見つかりませんでした。
1階が完全に浸かってしまったご自宅では、息子さん達が懸命に後片付けをされ
ていました。私も掃除等のお手伝いをさせていただく予定で準備していましたが、
息子さん達からは「両親の話し相手になっていただけるとありがたいです」とい
う言葉をかけられました。前日にボランティアの手伝いもあって、家財道具の運
び出しが一段落していたこともありますが、最初は遠慮されているとの思いを持
ちながら、無事だった2階部分でお話をさせていただきました。趣味のカメラは、
特に想い入れのあるものに絞って、南相馬から持ってこられたそうですが、その
カメラも泥だらけになっていました。アルバムをはじめ、何とか元の自宅から持っ
てこられた思い出の品の殆どが泥水に浸かってしまったそうです。「過去を失っ
てしまった感じです」と呟いておられたことが、今も深く残っています。
何をお手伝いできたわけでもないのですが、ご家族からは、「表情が全然ちがっ
てきました。明るくなってきました。本当にありがとうございました。またよろ
しければいらしてください」と言っていただきました。大きなことはできません
が、出会った方を大切に、丁寧な支援を…との思いで活動を続けてきましたが、
これからもその思いを大切に活動を続けたいと感じた1日でした。
10月20日
前日の雨は止み、ボランティアの姿が多数見受けられました。
今日は郡山市中田地区で裏山が崩れ土砂が流れ込んだ家屋において、土砂のかき
出し作業に参加しました。市街地から離れた山間の地区へのボランティア派遣は
難しいようで、ハートネットふくしまさんのボランティアさんの他、山形県から
のボランティアさんを加えた10名で作業にあたりました。重機を使った作業が必
要と思われる規模の被害でしたが、重機を入れるために、その前段階として手作
業が必要との判断で作業を行いました。
どう考えても、ご家族だけではどうしようもない規模の被害です。まだまだ人手
が足りていないことは明らかです。

ひとまず福島県での3日間の活動を終えて帰阪しますが、NVNADとしましては、で
きるだけ極め細やかな支援を行いたいと考えております。
皆様のご支援により現地での活動ができますことに心より感謝申し上げます。

2019/10/23のBlog
台風19号の被害は、東日本大震災以来支援を続ける岩手県野田村も、ということで19日20日と現地に向かいました。
 野田村の隣の久慈市も被害が大きかったとの情報がありましたが、野田村に向かう道路にも何ヵ所か土砂が流れたあとがあり、水路を樹木がふさぎ冠水したところもありました。
野田村は村の中心部を流れる宇部川が氾濫し、13日午前2時前に初の大雨特別警報が発令され、野田小中学校や国民宿舎えぼし荘などの避難所に、200人以上の村民が避難しました。通常のボランティアセンター内で災害ボランティアを募集し、野田村社協では20日は近隣からのボランティア約100人を受け入れて、被害家屋周辺の土砂のかき出しなどが行われました。センターでは今後もニーズに対応していくとのことです。
NVNADでは毎年子どもたちの交流事業を行っていますが、西宮市の中高生とプレーパークをしたのんちゃん公園にも台風の爪痕がありました。
 野田村では、隣接する普代村が被害甚大とのことで、役場職員を台風後の15日から派遣。ボランティアセンターでも今後支援しようとしています。
 各地で多くの被害をもたらした台風19号ですが、1日も早い復興が待たれます。
(NVNAD理事 米山清美)
2019/10/20のBlog
10月16日(水)~17日(木)の日程で、先遣隊として長野市に入りました。16日は夜に長野に到着し、地元の関係者の吉田氏から被災状況について色々と情報収集を行いました。翌17日は、NVNADが防災啓発や災害支援などで協定を結ばせていただいています大阪大学の稲場先生とも合流し、吉田氏に被災地内を案内していただきました。JR長野駅を車で出発し、国道18号線を通り豊野町方面を目指しました。予想していた通り途中から大渋滞に巻き込まれました。アップルライン(道沿いにリンゴ畑が広がっているのでそのような名称がつけられているそうです)に差し掛かるとあたりが一面、浸水の痕跡現れてきました。
国道沿いのレストランやコンビニなどは営業は停止しており、従業員の方々が後片付けをされていました。リンゴ畑のリンゴの多くは地面に落ちていて、とても心が痛む風景が続いていました。民家やお店だけではなく、農業にも甚大な被害が及んでいることがよくわかりました。JR豊野駅前に車を停めて、避難所になっている豊野の小学校へ歩いて向かいました。豊野町には家屋は約1700戸があり、その内約700戸が浸水の被害を受けられました。特にJR豊野駅より国道18号線の間の土地の低い地域が浸水の被害がひどかったようです。
少し小高くなった場所にある豊野の小学校に到着すると、体育館には約230名の避難者で生活されていました。長野市の担当者によると多い時には700名を
超える方が一時的に避難して来られたと聞きました。救援物資も届いてはいるが、
それを分類していく人手が不足しているということでした。
避難者も毛布やダンボールだけを床に敷いた状況で生活されており、間仕切りも
ない状態だったので、長野市の担当者も献身的に対応されていたかとは思いますが、まわりからの支援の手が早く届かなかったものかと心が少し痛くなりました。
特に気になったのが、一般ボランティアの姿があまり見かけませんでした。
今後は応援ボランティアも増えることだと思います。高齢の避難者の方に少し
話をお聞きしましたが、「あっという間に家屋が浸水してきて、2階に逃げて
助かった」と当時の恐怖を語ってくださいました。今回も夜中に浸水が広がって
逃げるに逃げれなかった方々が多かったことが伺えました。

その後、避難所になっている豊野の公民館に移動して、担当者
から色々とお話を伺いました。担当者いわく、当時は、指定避難所
の小学校には人が一杯で入りきれず指定避難場所ではないけど
この公民館にも多くの住民が避難してきた、と話されていました。
高齢の方は昼間家に帰って片付けをするには、近い公民館の方が
避難場所としてはいいという住民の方もいるそうです。
ただ、裏山があり大雨の時には土砂崩れも心配なので、避難場所を
考える場合は色々な状況があるので悩ましい問題だなと思いました。
公民館を後にして、千曲川が決壊した穂保地区に車で移動しました。千曲川の
堤防に上がって感じたことは、これほど大きな河川が氾濫したことにまず驚きを
感じました。ちょうど決壊場所の仮復旧工事が完了したところで多くのマスコミ
車両が取材に来ていました。決壊場所から水が流れ込んだ穂保地区一帯はほとんどの家屋が浸水しており、家屋の片付け作業に住民は追われているようでした。
今後も雨が予想されていますので被害が広がらないか心配です。
NVNADとしては、他団体とも連携しながら、10月21日以降にも長野入りを考えたいと思います。引き続き、ご支援ご協力よろしくお願いいたします。
2019/10/18のBlog
この度の台風19号により、犠牲になられた方々にお悔やみを申し上げますと共に、被害に遭われた皆様にお見舞いを申し上げます。

先遣隊がまず静岡県に入りましたので、下記にご報告させていただきます。


2019年10月13日~14日、静岡県沼津市、函南町先遣隊報告 
報告者 日本災害救援ボランティアネットワーク 萩野茂樹


●沼津市大平地区(14日、午前訪問)
静岡新聞に浸水した地域の写真が掲載されたので、行ってみると30戸程度の集落。集落の一部が、低いところがあり20戸程度浸水被害。ほとんどが床下浸水と思われる。
被害家財は、中学校の前の道路に積みあがっているが、テレビ、大型冷蔵庫、洗濯機等の大型電気製品の廃棄はなし。
地区内に、老人保健施設があり、訪問し様子を聞いたが、玄関から一階をみるかぎり床面に泥等の付着はなく、ボランティアを申し出たところ、すぐさまボランティア支援が必要というわけではないとの事であった。

●函南町蛇ケ橋周辺(14日、午前訪問)
水没地域は、蛇ケ橋の東側。50戸程度の被災と思われる。ほとんどが床下浸水。
被災家具の集積場所は地区内にはなく、トラックで運搬の様子。

●函南町社会福祉協議会、災害ボランティアセンター(14日、午後訪問)
函南町社協では、被災翌々日にボランティアセンターを開設して、町内住民限で既に活動中。
10月15日(火曜)は、より被災地に近い「南部コミュニティーセンター」に、災害ボラセン本部を移動するとのことで、大変忙しい中短時間お話を聞いた。
・床上200軒。
・10月15日からは、町外に限らずボランティア募集開始。

●函南ゲートウェイ道の駅(14日、午前訪問)
・観光施設の道の駅。通常営業し、多くの観光客が訪問。この施設を外部から見た限りは、被害は感じられなかった。
・隣のわさび工場は、敷地が道の駅より80センチほど低く、水没した工場内の備品を駐車場に出し乾燥中であった。

●函南ゲートウェイ道の駅付近の団地、函南町落合(14日、午前訪問)
・片付け中のこの地区の住民で被災者で自治体市職員の方に話を聞く。話を聞いた地区内の道路上で、最高約90センチの冠水。訪問当時は、すでに水は引き、隣接する水路は普段どうりの水位とのこと。
・30年以上住んでいるが、水害は初めて。
・周囲の田んぼが台風接近ということで、稲刈りを急遽すまし、その田んぼに残されたわらが流れ着いて大変だった。
・高齢の方について。この集落一人暮らしの高齢者は2名。被災当時から近所の人が手伝い、片付けはほぼ終了。ご近所の助け合い精神が発揮された。
・10月13-14日の休み中に何とか片付けようと、親戚等も集まりほぼ片付けのめどはついた。
・社協によれば、200戸被災し、この近くに災害ボラセンを設置するとの事なので、周囲は被災家屋が集まっていると思われる。