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日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)
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2018/08/06のBlog
8月2日(木)大阪大大学院人間科学研究科と災害救援や復興支援、地域防災に携わる国内外の下記の3団体(新安世紀教育安全科技研究院(中国四川省)、北いわて未来ラボ(岩手)、日本災害救援ボランティアネットワーク(兵庫))との間で、「大阪大学オムニサイト(OOS)」の協定を締結し、記念シンポジウムが開催され、西日本豪雨災害支援の合間をぬって理事長渥美と出席してきました。大阪大学吹田キャンパスにて、11時から協定の調印式が開催され、志水センター長の進行の元、川端人間科学科研究科長と協定書を交わしました。
午後からは会場を移動し、同研究科附属「未来共創センター」との共催で記念シンポジウムが開催され、中国の張さんによる基調講演の後に、3団体の担当者からそれぞれ活動報告やこの協定に期待することなどをプレゼンしました。プレゼン後には、各団体が参加者の質問に応えるコーナーもあって、たくさんの学生さんと交流しました。最後に、NVNADや張さんとも交流の深いCODE海外災害援助市民センター(神戸市)の吉椿さんから、「協定を機会に、大阪大学の学生さんも参加してもらって、災害救援・復興支援・地域防災をますます充実していきましょう」とお言葉を頂いて、閉会となりました。

これまでも大阪大学と3団体は、それぞれ活動を共にしてきましたが、今後は大阪大学と連携した活動を公式な形で展開することになります。それぞれが培ってきている災害救援や復興支援、地域防災などの知恵や情報をさらに共有し、社会に役に立つ具体的な活動につなげていければと思います。
NVNADとしては、災害救援だけではなく、日頃の防災の取り組みなどにも、人間科学部・大学院人間科学研究科の学生の皆さんに、積極的に関わっていただけることを期待したいと思います。共に「地域に生き世界に伸びる」を実践していきましょう。どうぞよろしくお願いいたします。最後になりましたが、この協定の締結にご尽力を賜りました大阪大学の川端先生、志水先生、および、庶務の皆様に心よりお礼申し上げます。

「オムニサイト」とは、英語であらゆるを意味する「オムニ」と、場を意味する「サイト」を合わせた言葉で、産・官・社・学の連携で支え合い、共生できる「場」を共に創出しようという仕組みである。2017年4月に始まり、企業や地方自治体などと協定を締結されている。
2018/08/05のBlog
大阪大学大学院人間科学研究科と協定を締結した3団体-中国四川省の新安世紀教育安全科技研究院(張国遠代表、張敏さん)、岩手県久慈市・野田村の北いわて未来ラボ(理事の神先真さん、貮又正貴さん)、NVNAD(渥美)-と大阪大学のメンバー(稲場先生、渥美研の宮前君、林さん)は、8月2日の大阪大学での調印式と記念シンポジウムを終えて、岡山県に入りました。協定を結んだ面々が、倉敷市真備町、矢掛町で関わらせていただいているNVNADの活動に、別動隊として、参加することが目的でした。
翌8月3日午前9時。真備町で最初に泥だしの作業を行わせていただいて以来、何度も訪問している方を訪ねました。近況を伺っていますと、あと1箇所だけ床が上げられないところがあるとのこと。洗面台があり、水道管のことも気になるし、一人では処理できないとのことでした。そこで、岩手からのお二人と大阪大学のメンバーが取り組むことにしました。洗面台は取り除けましたが、床がとても強く固定、組み立てられていて、作業には時間がかかりました。酷暑の中ですから、休憩をとりながら、ようやく午後1時前に完了。もちろん、作業だけではありません。岩手のお二人との間では、野田村の方々が東日本大震災からどのように元気を取り戻していったのかといった話も出ました。また、大阪大学のメンバー(宮前君)は、野田村でチーム北リアス写真班の一員として津波で流された写真を復旧して今も返却していますので、先日洗浄してお返しした写真のことなどを話してくれていました。「阪神・淡路大震災の時は募金。その後も何か災害があれば募金はしてきた。でもまさか自分が被災するとは思わなかった。実際こんな風になってみると、今度は、KOBEから、そして、岩手から応援してもらえた。本当に嬉しい」と仰って下さっていました。
午前10時半過ぎ。西宮から到着したボランティアバスを倉敷市災害ボランティアセンターのサブサテライト(呉妹診療所)で出迎えました。サブサテライトを運営している(応援)社協職員は、大阪北部地震で大変お世話になってきた吹田市社協の中心人物。今度もまたお世話になって、5つのグループにわかれて、呉妹地区での活動に取り組みました。中国四川省からお迎えしていたお二人も林さんと一緒に1つのグループに参加。家に入り込んだ土砂を土嚢袋に詰め込んで運ぶ作業に取り組まれました。「中国の四川から・・・」と驚きつつも喜んでいただいた活動でした。
汗びっしょりになって疲れつつも、どこかスッキリした表情でボランティアさんがバスに戻ってきます。バスには、西宮市民のボランティアさんとともに、稲場研の学生さんを中心に他の研究室の学生さんも乗っていました。別動隊の私たちが、西宮に帰るバスを見送ったのは午後3時過ぎでした。
私たちは、引き続き、矢掛町に向かいました。先日、大阪大学大学院人間科学研究科の修了生達を通じてフェリシモさんからご支援いただいていた女性下着をお渡ししお家を訪ねました。前回、「(仮設)公民館に置いて皆さんに配るよ」と仰っていました。行ってみると、嬉しいことに写真のような表示とともに配っていただいていました。今回持参した追加の下着もそこに加えていただきました。今回、岩手の方々も四川の方々もご一緒しているとお伝えすると、「東日本大震災では、大変だったでしょう。来て下さってありがとう」としんみり話しかけられ、四川の方々とは流暢な中国語で会話をされていました。四川からのお二人は、その会話から、こうした個別訪問の大切さを感じたとのことでした。
はるばる岩手からお二人、遠く四川省成都からお二人。1日の滞在で、1つの小部屋の床をはがしたこと、泥出し作業、追加の下着をお配りしたこと。実はたったこれだけのことかもしれません。しかし、被災地になることを経験した人々との間で確かなつながりが生まれつつあるように思います。NVNADでは、こうしたつながりを大切にしていきたいと思います。
2018/07/29のBlog
浸水写真復活プロジェクト 

●浸水写真をお預かりした経緯
7月14日(土)~16日(月・祝)に、渥美理事長・NVNADの役員や阪大稲場研メンバーなどと共に支援に入った倉敷市真備町のお宅から、浸水し泥で汚れた写真アルバムを預かってきた。量は、ダンボール箱5箱分。写真はA4サイズのポケットアルバムや古いアルバムにきちんと整理されている。アルバムは部屋の棚の中にしまわれていたらしく、アルバム単位で泥水に浸かりバラバラの写真はほとんど無い。このアルバムには、お子さんの誕生や成長の記録の写真も多く含まれ、失うと二度と戻らない家族の宝であった。なんとか、それを修復したいと思い、許可を得てお預かりしてきた。


●公民館でボランティアを募り修復作業を実施
当初、萩野が持ち帰った分を自宅で乾かしていたが、私が副会長をする三重県津市の『津地区ボランティア連絡会』の役員仲間が手伝ってくれるという話になり、作業場所等を考えていたところ、広い会場で多くのボランティアを集め一気に作業しようという事になった。7月21日(土)と22日(日)の2日間、津市の中央公民館で、まず乾燥の作業を実施した。緊急の呼びかけに応えて集まったボランティアは、延べ25人ほど。津市ボランティア協議会役員2人の他、津市社会福祉協議会の職員がボランティアで。また、メールやSNS等での呼びかけに応じて集まった初対面の方も含め25人程参加いただいた。
●乾燥行程の手順
今回持ち帰った浸水写真は、浸水によりアルバムの紙部分がボロボロで、触ると崩れる程。慎重にページをバラし、ハサミでフィルムごと切り分け、張り付いたフイルムを丁寧に剥がし、新聞紙上に並べる。写真の周囲1センチ程度(保存されていた場所により差はある)が、画像を構成する乳剤面がグニャグニャになっている。が、肝心の画面の中心部分はほぼ健全。切り取り作業が終わった写真は、古新聞紙を敷いた上に並べて乾燥する。この作業には、広い場所が必要なので、津市中央公民館で一番広いホールをお借りし作業を実施した。写真のベースの用紙は、最近の写真であれば1~2時間くらいで乾燥する。緊急に写真を乾燥することで、画像が消えていくことはストップできた。24時間置いたあと、150枚程をプラスチックケースにシリカゲルと共に入れて次の行程まで保存する。その場合、写真を平面的に重ねると、溶けた乳剤が写真の裏にくっつくので全て立てて保存する。この2日間で乾燥した写真は約3,500枚。
●続いて周囲の溶けた乳剤を拭き取る作業
乾燥行程が終わると、次に写真の周囲の乳剤を拭き取る作業に移る。この溶けた乳剤の乾燥にはかなりの日数がかかるようでもあり、また写真の見た目も悪いので、エタノールを含ませたティッシュで拭き取る作業を実施する。これも、多くのボランティアを集め、多人数で実施する。今回は、8月4日(土)と5日(日)の2日間に渡り、作業する予定。この作業については、津市社会福祉協議会の支援をいただき、社会福祉協議会の会議室をお借りすることができた。

●ジレンマ
この写真修復は、被災地に行かなくてもできる支援として、高齢者も含め多くの人が参加する活動にしたいが、写真の劣化の進行を考えると、そうのんびりと呼びかけもできない。また、高校野球シーズンでもあり、活動を広報したが新聞では告知されない。やはり三重では遠くの出来事なのかなあと思ってしまう。

浸水写真復活プロジェクト 
報告者:日本災害救援ボランティアネットワーク監事 萩野茂樹
2018/07/27のBlog
7月25日(水)、西宮市社会福祉協議会と共同で、岡山県真備町へ向けてボランティアバスを運行しました。参加者はスタッフを含め総勢50名。
西宮市総合福祉センターを朝7時に出発し、西宮北インターから中国自動車道に乗り、途中から山陽自動車道経由で、玉島インターで高速を下車し、10時に倉敷市災害ボランティアセンター本部(職業能力開発大学校)に到着。受付を済ませ、篠山からのボランティアさんと合流し、一行はサテライト岡田(岡田公民館)を目指しました。
10時50分にサテライト岡田に到着。サテライト岡田では、倉敷市社協スタッフから活動場所の説明を受け、その場で9グループ(1グループ4~5名)に班分けを行い、徒歩で行けるグループは徒歩で、車で移動が必要なグループは地元の方(民生委員や地区社協担当者)に送っていただき、11時20分頃から活動を開始しました。(地元の民生委員や地区社協担当者の皆様には大変お世話になりました。)
活動させていただいた真備町の岡田地区は、サテライト場所の確保のため、先週末(21日あたり)から岡田公民館の泥だしや片付け作業をされ、25日から「サテライト岡田」としてボランティアの受入を開始されたとのことでした。

活動内容は、家財道具や畳の搬出、泥だしや土壁をはがす作業などで、20分活動しては10分休憩という感じでした。猛烈な暑さだったので、14時には活動を終了し、15時にサテライト岡田(岡田公民館)を出発し、19時に西宮に到着しました。
サテライト岡田の倉敷市社協スタッフにうかがったところ、「岡田地区ではこの日(25日)から初めてボランティアが入った。昨日の時点でも約100軒の依頼が入っているが、圧倒的にボランティアが不足している。まだボランティアが入れていない地区もある。」とのことでした。
2週間以上も経過しているにも関わらず、まだまったく手つかずのお宅を目の当たりにしました。また、自宅の中はまだ水に濡れた状態、そして、この暑さなので悪臭も漂っていました。専門家ではないので詳しいことはわかりませんが、感染症などのことも気になるところです。(被災された方々の疲労度は相当なものだと思います。)我々のボランティアさんの中には、熱中症の症状が出た方もいて、すぐにワゴン車で迎えに行き、涼しいバスの中で休息していただくといった場面もありました。
岡田地区は、全体が浸水の被害を受けています。水道は24日から回復されたようですが、電気はまだ停電しており、クーラーや扇風機さえも使用できない状態で、サテライト岡田の岡田公民館の中も、相当暑い状態でした。このような暑さの続く毎日の中で被災された方々の、肉体的、精神的な疲労は想像を超えるものだと思われます。
NVNADとしては、微力ながら、西宮市社会福祉協議会をはじめ、他組織とも連携しながら、被災地の支援活動を継続していきたいと思います。引き続きご支援ご協力どうぞよろしくお願いいたします。
最後になりましたが、今回のボランティアバスを運行するにあたり、ボランティアの受付をはじめ、資機材や飲み物などの準備や当日の運営などで、大変世話になりました西宮市社会福祉協議会の皆様に感謝申し上げます。
2018/07/26のBlog
7月25日(水)、西宮社協さんのバスの別働隊として岡山県にて活動を行いました。午前中は、矢掛町にまず向かい、浅海集落へフェリシモさんから頂いた女性用下着の物資を届けさせていただきました。町内会長さんから現在の地域の状況を聞くと共に、ご趣味の音響器具の話で盛り上がりました。集めていた音響器具は水没してしまい、その多くは処分してしまったそうですが、つい2年前に購入した物に関してはまだ心の整理がつかずに捨てることができない、とおっしゃられていました。町内会長さんの音響器具のように、水没のために大切なものを廃棄してしまう、ということは一般的に行われてしまっているようで、倉敷市の中を車で走っていると、車窓から立派な家具からこどものおもちゃ、服やさらにはひな人形まで廃棄されているのをよく目にしました。捨てざるをえなかった人のことを想うと胸が痛くなる光景でした。
次に真備町のあるお宅に洗浄した写真をお届けに行きました。返却した写真は、子供さんが生まれたときに記念に取った写真などで、非常に喜んでいただけました。その一方で、他の家庭で写真を洗浄してほしいニーズはあるかとお聞きしたところ、多くの家庭が汚れてしまった写真を復元することを断念し、捨ててしまった、とのお話を聞きました。
 
その後、被災した神社・寺院を巡りました。途中訪れたお寺では、明治時代の倉敷での水害の追悼碑が残っていました。しかし、住職にお聞きすると、そうした過去がありつつも、災害が少ない地域で、かつ決壊した川も異なる川だったので水害に関しては特に危機感は抱いていなかったそうですが、水がお寺まで押し寄せることになり本当にびっくりしたと驚いておられました。また川の決壊した時にお寺にいらっしゃった方によると、川の決壊と聞いて東日本大震災の津波をすぐに想起したそうで、川から離れた地域でしたが、高台へと早期避難をされ、そうした判断が功を奏し助かったとのことでした。
 以上、今回は倉敷市の被害状況を広く見て回ってきましたが、人手不足という印象が強く残りました。週末から台風の接近で雨が降ると予測されている中で、人手が足りないために土砂の片付けや側溝の掃除などがいまだ不十分であり、週末に雨が降った際、事態が悪化することが容易に予測できました。タイムリミットの迫る中、地域の人々や自衛隊、警察、ボランティアの皆さんと一緒に私たちも私たちなりに懸命に動いてはおりますが、まだ支援が引き続き必要であると強く思いました。
NVNADは、今後も引き続き各地の小さな支援活動を積み重ねていきたいと思います。ご支援ご協力どうぞよろしくお願いいたします。
(林稜 大阪大学渥美研究室出身、現在東京大学大学院在学中)