岩見沢であったこと

北海道岩見沢市でのアート・プロジェクト「Zaworld」への出展作として、今回、会期最終週までいかない私が「岩見沢であったこと」を集める、というのがあります。
メールで送ってもらったり、実際に「岩見沢ノート(日誌)」を用意して会場で書いてもらったり、滞在中にチャンスがあれば私が直接インタビューしたりして集め、会期終了後も、そのまま継続していってもらえたらと思っている作品です。

昨日、「Zaworld」のためにつくったブログ(こちら)でこの告知をしたところ、さっそくメールで「岩見沢であったこと」を書き送ってくださった方がいます。以下のようなメールでした。

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「岩見沢であったこと」

1971年小5の時岩見沢に引越して来た私は転校生ということで、

いじめにあった。

机の中に手紙を入れられ・・何度となくくりかえされた・・

集合写真をとれば背中を突かれる。

残っている集合写真にどれも笑顔は、なかった。

そんな冬だったのだと思う、学校に行きたくない私は、

あんかに体温計をつけ、熱があるとずる休みをしようとして、

母に見つかった。

母が、担任の先生に話しをしてくれ、

クラスで話し合いを持ってくれたことで、

誰がやったのかは、わからないままだったが、

その後、いじめにあうことは無くなった。

人とコミュニケーションを上手にもてなくなっていたのは、

この頃の痛みのせいだったのか・・と、ふと思う。

子の親になぅた私は、

その時の痛みをなんとか子どもには与えないようにと

守りに入ろうとしていた自分も発見したり、

子育ての為の、たくさんの本も読み、

児童心理の本や、教育の本まで読みあさっていた^^;

でも、思う、この経験が、

人の痛みを感じることを教えてくれていること。

大人になってからまた、学ぶ機会の切っ掛けになっていること。

いじめられる側の痛みといじめる側が抱えている痛み。

どちらも、 

「自分のことを分かってほしい」という・・誰もの 願い が潜んでいること。

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これほどに、赤裸々で、誠実な、「岩見沢であったこと」を書いていただけるとは、正直思ってもみませんでした。
一気にこの作品のレベルがあがったと同時に、方向性をも決めたと思います。
メールを送ってくださった方、本当にどうもありがとうございます。本当によく、教えてくださいました。
もし、この方からしか「岩見沢であったこと」を書いてもらえなかったとしても、私は満足です。やってよかったと(まだはじめたばかりなのに)思います。
本当にどうもありがとうございます。胸がいっぱいです。

この作品を、岩見沢だけでなく、他の地域でもやれないだろうか、と今思い始めています。それは種のようにまかれ、そのままのこり、つづいていくのではないだろうか、と。

門脇篤