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2022/07/15のBlog

再訪・ゆかりの文人たちと我孫子
志賀直哉の著作の足跡を中心に
ふるさと我孫子ガイドの会 会長 中込力三氏

今日の講師は、我孫子市の文化資産の魅力をガイドという行動を通して訴求続ける中込力三氏にお願いしました。中込講師は序論として我孫子市とゆかりのある文豪「志賀直哉」を取り上げ、詳細な家系図とともに志賀直哉の誕生から我孫子市への移住、そして京都への転出までをお話下さいました。
そして我孫子市での居住時代に執筆した代表作の中から、記述の場所や当時の志賀直哉の行動の足跡を、詳しく解説くださいました。
例えば大正8年1月に発表された「十一月三日午後の事」には、『根戸にいる従弟が訪ねてきた、久しぶりに散歩でもしようか、柴崎に鴨を買いに行こう』とあります。当時住んでいた志賀直哉邸から柴崎へ鴨を買いに、どの道を辿ったのか、鴨屋さんは本当にあったのか、あったとしたらどのあたりの何という屋号のお店だったのか…。
古地図を手元において、志賀直哉が歩いた足跡を、志賀直哉になりきって辿った講座でした。
(秋田桂子)

2022/07/11のBlog
シリーズ「絵画を観る喜びー西洋絵画史」
第5回象徴主義、ナビ派
美術愛好家 長野一隆氏

国の内外2208か所の美術館や絵画のある教会を、実際に観て回って来られた長野一隆さん。19世紀古典絵画に対して台頭してきたのが象徴主義です。象徴主義はそれぞれが個々に独立した一匹狼ながら、考え方が共通する画家の群れです。その象徴主義と、象徴主義に繋がるナビ派を解説下さいました。
二つの派を代表する絵画を中心になんと113枚に上る画像の数々に、たっぷり魅せられた90分でした。

モロー(1826-1898)「ヘロデ王の前で踊るサロメ」 ギュスターヴ・モロー美術館、パリ 1876年 92 x 60cm
フランス象徴主義の先駆的画家、聖書や神話に題材をとった幻想的な作風、国立美術学校教授、生徒にマティスやルオー
モロー「ダビデ王」 アーマンド・ハマー美術館、ロサンゼルス 1878年 230 x 138cm

シャヴァンヌ(1824-1898) 「貧しき漁夫」 オルセー美術館、パリ 1881年 155.5 x 192.5cm
壁画制作の巨匠、神話的、文学的、象徴的な格調高い画風、マティス、スーラ、ピカソ、黒田清輝などに影響
シャヴァンヌ「諸芸術とミューズたちの集う聖なる森」 シカゴ美術館 1884-89年 93 x 231cm

ルドン(1840-1916)「キュクロプス」 クレラー=ミュラー美術館、オッテルロー、オランダ 1898-1900年 64 x 51cm
銅版画、石版画、油彩画、パステル画、象徴主義、幻想と孤高の画家、1890年ごろから色彩が開花
ルドン「大きな花束」 三菱一号館美術館、東京 1901年 248 x 163cm

ベックリン(1827-1901)「死の島」 バーゼル美術館、スイス 1880年 111 x 156.4cm
象徴主義・世紀末芸術の代表的画家の1人、生涯の大部分をドイツ、イタリアで過ごす、「死の島」の複製、版画、絵葉書が大量普及
ベックリン「ヴァイオリンを弾く死に神のいる自画像」 旧国立美術館、ベルリン 1872年 75 x 61cm

セガンティーニ(1858-1899)「死」セガンティーニ美術館、サン・モリッツ 1899年 192 x 320cm
象徴主義・世紀末芸術の代表的画家の1人、アルプスの画家、細長い線による独特の分割主義技法
セガンティーニ「アルプスの真昼」 大原美術館、倉敷市 1892年 85.5 x 79.5cm
セガンティーニ「生の天使」 ミラノ市立近代美術館、イタリア 1894年 276 x 217cm

クリムト(1862-1918)「接吻」 オーストリア美術館、ウィーン 1907-08年 180 x 180cm
象徴主義を代表する画家の1人、ゼツェッション(ウィーン分離派)創設、会長に、金を多用した独自の様式美術を確立
クリムト「人生は戦いなり(黄金の騎士)」 愛知県美術館、名古屋市 1908年 100 x 100cm

アンソール(1860-1949)「キリストのブリュッセル入城」 ゲッティ美術館、ロサンゼルス 1888年 253 x 431cm
仮面や骸骨をモチーフにした死と退廃の漂う独自の画風、シュルレアリスムや表現主義に強い影響を与え、近代絵画の先駆者と見做される
アンソール「仮面の中の自画像」 メナード美術館、愛知県小牧市 1889年 117 x 82cm

ムンク(1863-1944)「叫び」 オスロ国立美術館、ノルウェー 1893年 91 x 74cm
ノルウェーの誇る世界的画家、愛と死と不安の画家、「生命のフリーズ」シリーズが有名
ムンク「マドンナ」 ムンク美術館、オスロ 1894年 90 x 68cm

セリュジエ(1864-1927)「タリスマン(護符)」 オルセー美術館、パリ 1888年 27 x 21.5cm
ナビ派の創始者の一人、ポン=タヴェン派、色彩とその調和に関する「絵画のABC」出版
セリュジエ「聖なる森」 カンペール美術館、フランス 1891年 91.5 x 72cm

ボナール(1867-1947)「砂遊びをする子供」 オルセー美術館、パリ 1894年頃 165 x 50cm
ナビ派、「日本的なナビ」、親密派、室内情景等身近な題材、暖色を主調にした華麗な色彩表現
ボナール「田園の食堂」 ミネアポリス美術館、アメリカ合衆国 1913年 164.4 x 205.7cm
ボナール「浴槽、ブルーのハーモニー」 ポーラ美術館、箱根町 1917年頃 45.8 x 55.1cm

ヴュイヤール(1868-1940)「縞の服の女」 ワシントン・ナショナル・ギャラリー 1895年 65.7 x 58.7cm
ナビ派、ボナールの親友、自らアンティミスト(親密派)と名乗る、生涯独身、酒も飲まず、渋い色調、穏やかな画面構成
ヴュイヤール「ベッドにいる若い女」 ブルックリン美術館、ニューヨーク 1894年 25.5 x 35.5cm

ドニ(1870-1943)「ミューズたち」 オルセー美術館、パリ 1883年 171 x 137cm
ナビ派、理論的リーダー、最も早く絵画の平面性に注目した画家の1人、1898年、芸術の源泉は画家の個性にあると発表
ドニ「踊る女たち」 国立西洋美術館、東京 1905年 147.7 x 78.1cm

ヴァロットン(1865-1925) 「ボール」 オルセー美術館、パ リ1899年 48 x 61cm
ナビ派、「外人のナビ」、西洋の版画を独創的な作風で革新、シュルレアリスムの予感
ヴァロットン「決定的理由」 ニューヨーク近代美術館、アメリカ 1897年 17.8 x 22.3cm
ヴァロットン「肘掛椅子に座る裸婦」 グルノーブル美術館、フランス 1897年 28 x 28cm
(秋田桂子)
2022/07/04のBlog
義時の東アジア
東京大学大学院人文社会系研究科教授 小島 毅氏

きょうの講座はNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の中心人物のひとり、北条義時(1163-1224年)にまつわるお話です。冒頭 小島講師は今年の大学入学試験共通テスト「日本史B」から、次の問題を開示されました。
「日本史を勉強していて気付いたんだけれど、小野妹子は「おのの/いもこ」、北条政子は「ほうじょう/まさこ」と読み、「の」があったり、なかったりするよね。これはなぜなのか知っている?」
姓の後に(の)は、入るのか 入らないのか?
苗字の後に(の)は、入るのか 入らないのか?

北条義時が活躍した時代、13世紀の近隣東アジア各国の政治情勢はどうだったか-というのが今日の本題です。文官と武官の争いからクーデター政権が成立した高麗、日本にコンタクトを求めた南宋、そして蒙古。北条氏の9代140年、高麗の崔氏4代60年、南宋史氏3代80年、モンゴル150年の政治・政権・統治の特徴を詳しく解説くださいました。
(秋田桂子)
2022/06/24のBlog
シリーズ美しい日本の山 日本100名山より⑪
「白馬岳と後立山」
山岳写真家 鈴木菊雄氏

我孫子市にご在住で山岳写真家として活躍されている、鈴木菊雄さんにお願いをして講座を開催しました。白馬岳は杓子岳、白馬鑓ヶ岳とともに白馬三山と呼ばれ、山麓東側の白馬村の何処からでも眺めることが出来ます。
山の名前さえ定かでなかった白馬岳ですが、明治時代に陸地測量部が一等三角点を撰点、27年にはウエストンが登山、31年には河野零蔵氏等の学術研究登山がなされて一躍高山植物の宝庫として全国にその名が知られるようになりました。
明治34年からは登山者も年を追って増加の一途をたどり、40年には営業用の山小屋も設けられ、大雪渓と高山植物のコントラストは登山の醍醐味です。花良し、山良し、お風呂良しの白馬山域の魅力を、すばらしい画像を用いて丁寧に解説いただきました。
(秋田桂子)
2022/06/13のBlog
[ 19:36 ] [ ふれあい塾講座記録 ]
「聖徳太子の謎を解く」
『僕って何』で芥川賞受賞 作家 三田誠広氏

明快な語り口で分かりやすくお話くださる三田誠広講師、無理なお願いを申し上げて4回目の開講となりました。三田講師は開口一番「私は10年前に聖徳太子の本を書きました、書いている間は聖徳太子になりきっていました」と話されて、きょうの主題を解説頂きました。
上宮王、厩戸皇子という名前をも持つ聖徳太子、旧1万円札の代名詞でもあり、「一度に10人の話を同時に聞き分ける」など、その生涯における超人的エピソードは1400年の時を経ていまもなお語り継がれています。日本古代史最大級の偉人である聖徳太子ですが、近年はその存在を否定する説が持ち上がっています。
いままでのしきたりを改めて、みんな仲良くしましょうーという「十七条憲法」や「遣隋使の派遣と仏教の普及」などの偉業の数々は周知のところです。
聖徳太子がいかに偉大な人物だったか、そして二上山や當麻寺、法隆寺にまつわるエピソードなどから、「間違いなく実在した人物」と話されて講座を終えられました。
(秋田桂子)
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