ニックネーム:  パスワード:
| MyBlogトップ | Blogポータル | ブログガイド | よくある質問 | サポート |
ふれあい塾あびこレポ-ト
記事一覧イベント一覧
[ 総Blog数:1365件 ] [ このMyBlogをブックマークする ] [ RSS0.91  RSS1.0  RSS2.0 ][ ATOM ]
2018/03/14のBlog
地震講座② 「地震発生の複雑さと単純さ」
東京大学名誉教授 山下輝夫氏

前回2月8日の地震講座①「地震についての理解は、どのように進んできたのか」では「地震像」の基礎を学びました。2回目の本日は「地震発生の複雑さと単純さ」というテーマで、地震現象理解や,予測研究の現況などについて、プロジェクターで貴重な最新資料、グラフ、写真、図解入りイラスト、時系列的に変化するマップ等を映しながら、以下のようなお話をして頂きました。(冒頭、前回の復習をしてくださいました。これについては2月8日のブログをご覧下さい。)

1.日本列島周辺のプレート境界で起こる地震について

①マグニチュード9の2011年東北地方太平洋沖地震の発生を受けて、より震源域が注視されるようになった。
②過去に「安政南海地震」などの連動型地震もあったことから、「南海。東南海両地域の連動型」の地震が強く意識されるようになった。
③プート境界でおこる地震の規則性については、史料、地層調査等によって、おおよその規則性がみとめられる。
④地震の起きる場所は、2つのプレートが強く固着する場所が多くその震源域の特定、計測もおこなわれているが、それだけでは全ての発生場所を特定できない。

2.内陸内部で起きる地震について
多くは活断層で起こると考えられている。

①内陸のプレート内部で起きる地震
②プレート境界地震の2次効果であると考えられる地震

3、結論

現在、GPS,各種センサー、高速コンピューター等の活用により
地震についての知見が進んでいる。一方、期間が長いこと。地下の環境そのままでの実験ができない事等で、現在の科学的知見としては、「予知」というレベルまでは達していない。しかしながら、地震現象の理解は着実に深まっており、今後の基礎研究の継続等により、地震にたいする知見が進み、予知レべルへの到達を期待したい。
(なお、「予知」とは; いつ、どこで、どの程度の地震が発生するかの3つ全てを言い当てること、「予測」とは、{関東地方に30年以内にマグニチュード6強以上の地震が起きる可能性70%以上}のように長期にわたり、確率によってあらわされること、とされています。

以上、今回の講義は、時系列の変化などが動画風に映しだされるマップ、グラフを含めて、具体的で最新の資料も多く、難しい仕組みが参加者にもかなり理解されたようでした。質疑応答も多く、とても知的で愉しい時間でした。ひとつひとつの内容が深く濃いためもう一度同じ講義を聴いてみたいと思いました。
 (藤田泰男)

以下、受講者のアンケートの一部をご紹介します。

①地震発生の複雑さ、予報の難しさがわかりました。
②予知が難しい地震だが被害が少なく死者もでないよう、研究が進めばいいと思います。
③地震の予知は、今は出来ないという事がわかりました。いつかはわかりませんが、
 地震は必ずおきるものと考えて、起きたあとの対策、防災を考えておくことが重要
ということもわかりました。
④質問が多く出て関心の高さがわかった。時宣を得た講座だった。
 
2018/03/08のBlog
現代中国講座⑱「習近平の意図するもの」
麗澤大学外国語学部客員教授 三潴正道氏

 中国の全国人民代表大会(全人代=国会)が開催され、国家主席の任期「2期10年」の制限規定を削除し、習近平国家主席の指導思想を党規約に続いて憲法にも明記するなど、習近平は「一極体制」の確立を急いでいる。そんなタイミングで開催された18回目となる今回のテーマは「習近平の意図するもの」という絶好のテーマで、あいにくの雨のなかにも関わらず大勢の方々が熱心に受講されました。

講師はまず、概ね次のようなお話をされました。 
 
1.習近平の思想の根底にあるものは?
・中国共産党十八全大会で総書記に選任されて以来、思い切った腐敗撲滅運動、政府機関の綱紀粛正、許認可権の整理縮小(日本に意外と知られていない)等を進め、中国王朝の例にならい自らも中興の祖たらんとしている。

・習近平の講話集である『習近平談治国理政』(14年10月に出版)では、共産党幹部のあるべき姿を打ち出し、そのためにいかなる努力をすべきかを説いている。それによると、社会の末端における実地経験を極めて重視し、それを人材教育の根本に位置付けている。

2.経済的側面から見た習近平の強国戦略
・今中国では、ビッグデータ、クラウド、モバイル、AI・ドローン、3Dなどの応用が猛烈な勢いで普及している。その結果、新ビジネスが誕生し、農村も経済発展が可能になった。また情報統制、住民監視などの治安体制が強化されることとなった。しかしその副作用も将来予見されるところである。

続いて講師は、上記の2.に合わせた習近平政権の主要な戦略構想事例として、「信用システムの確立」、「基準の確立と国際戦略」を取り上げられ、このなかの「中医薬」への取り組みについては「17年7月に施行された「中華人民共和国中医薬法」では、中国の医薬の基準を国際基準にしてしまおうという戦略がすでに始まっている」と、また「デジタル化の現在と未来」については「巨大企業アリババで、壮大な世界戦略が進んでいる」とその具体的な構想を説明をされました。その対応の遅れを指摘されました。

そして「これらに日本の企業はどう対応しようとしているのか。中国の自由な発想(失敗を恐れず、とにかく前へ進む)と、日本の独自性(日本にも良いものがある)をコラボした形での長期的な展望に立った経営戦略が必要なのではないか」と締め括られました。

以上のタイミングのいい具体的なご説明は、受講者の方々に十分に満足していただけたようで、そのアンケートをいくつかご紹介しましょう。
(酒井 弘)
*資料がしっかりしており、説明も大変分かり易かったと思います。習近平の思想、考え方が理解できました。中国のパワーのすごさ、日本もよほど頑張らなくてはと感じました。
*グローバル化していく個人と企業、それに対する国というものがどのようにあるべきか、また存続できるのか、考えさせられた。
*普段、全く知らない話で興味を持って伺いました。
2018/03/07のBlog
シリーズ『古典の恋歌』 
第三回「和泉式部日記」―平安朝の翔んでる女?― 
文学博士・國學院大學講師 堤康夫氏

 講師は開講に先立ち、前回の講義に寄せられた受講生からの質問①「『伊勢物語』は歌物語だが、歌に物語を付けたのか、物語に歌をつけたのか?」には「歌あって物語です」と、質問②「女性が血書を指を切って書く(血判)行為は男性にもあったのか?」には「平安時代の男性にはその記録や物語にも無い」とお答えくださった。

また〔堤私文庫〕所蔵の古文書資料から今回は【帙(ちつ)入り「土佐日記」】をご持参くださり、「帙(ちつ)とは書物の損傷をふせぐために包むおおい。厚紙に布を貼ってつくる。和綴じの書籍は棚や木箱に横にして保存。ために小口に本のタイトルを記していた。ちなみに、江戸時代の国学者、橘守部は『土佐日記』の冒頭部の訳を〈男が書く日記というものを女(の私)が書いて…〉ではなく、〈男(漢文)で書く日記を女文字(仮名)で書いて…〉としている」と説明してくださった。

そのあと、本日の本題の「和泉式部日記」の講義に入り、先ずは基礎知識として以下の解説をしてくださった。
①日記と日記文学とは違う。日記は男性が宮中生活での慣習等の有様を子孫弟妹に伝え置くために漢文で書かれた生活日記。日記文学は女性が仮名で綴った物語調回想録である。
②「和泉式部日記」は日記であるはずなのに式部自身を「女」などと呼称しているところから創作、すなわち「和泉式部物語」ともいわれている。
③和泉式部は優れた和歌の多作家で、白河天皇勅撰和歌集「後拾遺和歌集」(1086年)には式部の歌が最も多く収録されている。

そのうえで「『和泉式部日記』は、最初の恋人であった弾正宮爲尊親王(冷泉帝第三男)に先立たれ、失意のうちにあった和泉式部の前に故宮の弟、帥宮敦道親王(第四男)から橘の花が届けられたところから始まり、二人の恋が成就し、宮の北の方(妻)を追い出し、宮の邸に住むまでの半年余りの様子が綴られている」と説明され、以下のコメントをしてくださった。

*橘の花のいわれは「皐月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」(『古今和歌集』読み人しらず)からきており、昔の人(爲尊親王)をまだ忘れられないでいるのでしょうか?といった問いかけである。

*式部は「香る香によそふるよりは時鳥聞かばや同じ声やしたると」(あなたの声が聞きたい。私が愛した亡き兄宮と同じ声をしているのかしら)と和歌を認め贈る。敦道親王の返歌は「同じ枝に鳴きつつ居りし時鳥声は変はらぬものと知らずや」(亡き兄宮と私の声は変わらないものとあなたはしらないのか)と答える。本来、恋の贈答歌は男が贈り女が返すのだが、この時は和泉が先に贈っている。さすがに翔んでる女だ。

*何度かの歌の贈答があった後、二人は結ばれる。衣々の別れの朝を愛おしみ、以下の歌を交わしている。
敦道親王「恋といへば世の常のとや思ふらむ今朝の心は類だになし」(逢瀬の後の朝は格別だ)
和泉式部「世の常の事ともさらに思ほえずはじめてものを思ふ朝は」(切ない恋を知った朝です)

*しかし、敦道親王との恋も4年程して、親王の死で終わる。親王27歳、式部30歳であった。
式部は翌年、中宮彰子に仕えることになる。あの紫式部と同僚になったのである。

以上、いつも通りに時間いっぱいまでの中身の濃い講座で、「お話が大変おもしろく引き込まれました」、「大変楽しくアッという間の時間を過ごせました」などのアンケート回答がありました。 (竹下賢治)
 
2018/02/24のBlog
天満敦子無伴奏ヴァイオリンコンサート
ヴァイオリン:天満敦子さん

迎えて4回目のこのコンサートは思いがけない雪交じりの日となりました。しかしこの日も開場予定の午後1時30分までに長い列ができ、急遽10分繰り上げ開場しました。開場と同時に、あっという間に座席が埋まり、開演の2時前にはほぼ完全に空席が無くなりました。

予定通り午後2時に演奏開始。天満さんはグレーの丈の長い上衣に黒のパンツスタイルで登場、いきなり第1曲目「アダージョ」(バッハ)を演奏されました。《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》全6曲の最初のソナタ第1番第1楽章で、会場は一瞬にして<天満敦子ワールド>になりました。

この曲の後、一旦、舞台の袖に入られ、遅刻した聴衆を収容した後で、再び舞台へ立って、次の5曲を続けて弾かれました。

〇ヴォカリーズ(ラフマニノフ)
〇タイスの瞑想曲(マスネ)
〇夢のあとに(フォーレ)
〇祈り(ブロッホ) 
〇シャコンヌ(バッハ)

そして、この前半の演奏の後、天満さんは次のようにお話しされました。

「雪がちらちらしていましたが、こんなにたくさん‥!ありがとうございます。とても良い気持ちの会場です。響きが良くて幸せです。今は、マイクがあるのが当たり前ですが、私にとっては、マイクなしの生の音が当たり前です。
プログラムに<おばさんの私>と書いてありますが、皆さんもおばさんですから(会場が湧く)。ヴァイオリンを持つと背筋が伸びます。『ヴァイオリンは、天満さんにとってポパイのホウレン草ね』と言われます。
演奏の世界ではいまは10代の人たちがいろいろ分析・解析して、10代でテクニックは習得されてしまうようです。あの年代であれだけ演奏できてその後どうなるのか‥。テクニックと同時に大切な情感はどうやって練習しているのでしょうか?私は生涯、情感を大切にして弾いていきたいと思っています!
ストラディバリと結婚して30年。一つの楽器をこんなに長く弾けるのは幸せです。今日は雪が降って湿っているのでストラディバリはご機嫌がいいです。それと『望郷のバラード』と出会って去年で25年です。この曲も、これからもしっかり弾いていきたいです。
東日本大震災も心から離れません。来月は宮城県塩釜の慰霊祭に行きます。」

この後の15分の休憩後は、次の4曲を演奏されました。

〇独奏ヴァイオリンのための譚歌五色より<琥珀><紅蓮>(和田 薫)
〇からたちの花(山田 耕筰) 
〇月の沙漠(佐々木 すぐる)
〇望郷のバラード(ポルムベスク)

この「望郷のバラード」の後、天満さんは再びマイクを持ち、次のあいさつをされました。

「長野県の無言館でのコンサートも今年で20回となりますが、絵を描いた人の気持ちを伝えたいという思いで演奏したCDができました。災害や事件が多くなっています。何のためにヴァイオリンを弾いているのか考えてきましたが、こういう災害や事件を通じて<弾いて祈る>という演奏の意味や方向性が出てきました。
今日は嬉しく弾きました。ふれあい塾と皆様に感謝します。また素敵な時間がいただけますように‥。ありがとうございました。」

この後、アンコールとして、ショパンの「トロイメライ」とホルストの「ジュピター」を演奏してくださり、盛大な拍手の中で、舞台を下りられました。

終演後はロビーで、天満さんのCD販売とサイン会が開かれ、ともに長蛇の列ができました。サイン会では天満さんはお客様と会話しながら、予定時間を延長してサインに応じられました。

以下は参加者のアンケート回答の一部です。お客様に十分ご満足いただけたようで、主催者にもうれしいコンサートでした。
 (秋田桂子)

・40年以上、国内外で様々なコンサートを聴きましたが、今回が生涯で最高のコンサートでした。もういつ死んでもいいです。
・我孫子は未明からの雪にもかかわらず、ようこそいらっしゃいました。素敵なバイオリンの音にうっとり。天満さんがバイオリンなのですね。
・大変素晴らしいコンサートでした。駅のすぐそばでこの値段でこんなコンサートに来られるなんて、本当にありがたいです。今後もぜひ開催してほしいです。
・無伴奏は、その楽器そのものの良さが十分わかり。好きです。
・音、曲、すばらしい。天満さんの言葉「バイオリンを弾く意味を最近分かってきた」とおっしゃったことに感動しました。
・無言のままで始まったコンサート、これが良かったです。息をのまれるような演奏に心をわしづかみされました。そして、独特の語りとのギャップ、それが魅力的でした。
・素晴らしく家の窓を全部開け放って、風が通っていくような、すがすがしい光景が浮かびました。
2018/02/19のBlog
シリーズ「古典の恋歌」② 『伊勢物語』-ままならぬ恋―
文学博士・國學院大學講師 堤 康夫先生

1月から始まった堤講師の新シリーズ「古典の恋歌」は、第1回の『万葉集』に続き、今回は『伊勢物語』でした。

堤講師は冒頭、「平安文学には①『竹取物語』などストーリー性主体の物語②『伊勢物語』のごとき歌物語―と二つの系統があり、二つの系統はそれぞれに面白さがあります。それらを合体したのが『源氏物語』です。今回は『伊勢物語』ながらストーリー性のあるものの例として、第二十四段、第四十段、第九十六段を取り上げます」と説明されたうえで、以下のようなお話をされました。

*『伊勢物語』の第二十四段に、“あひ思はで離れぬる人を留めかね我が身は今ぞ消え果てぬめる”という歌を、“女”が岩に「およびの血して書き付けける」とあります。この「および」とは小指のことなのか、それとも単に指をさすのか、その根拠は?、等々後世の学者が論争をしています。 現代の我々からしてみればどうでもいいようなことですが、興味の持ち方が時代時代によって違うということであります。

*『伊勢物語』は男女の恋愛を中心とした短編歌物語集ですが、所詮恋はままになるかならないかのどちらかであり、単純です。『伊勢物語』はストーリーより歌を読ませて感動させることが主体の物語です。

以上、時にユーモアを交えて会場の笑いを誘いつつ、熱のこもったお話を終えられました。
堤講師のこのユーモア溢れる話術と古典理解に役立つ知識満載の講座は、今回も好評で、受講者から「毎回楽しみにしております。古典に対する気持ちが変わりました」「前回同様有意義な講話で感謝申し上げます」などのアンケートが寄せられました。 (酒井 弘)