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ふれあい塾あびこレポ-ト
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2009/03/15のBlog
[ 16:51 ] [ ふれあい塾講座記録 ]
ふれあい塾あびこでは2009年 4月6日(月) 午前10時~11時30分、我孫子市生涯学習センター「アビスタ」ホール(我孫子市若松26-4)において、東京藝術大学演奏芸術センタ-客員教授(兼)くらしき作陽大学音楽学部特任教授瀧井敬子さんをお招きして、「森鴎外 オペラへの夢」と題する公開講演会を開催致します。

森鷗外は若き日に医学留学したドイツで、歌劇場に数10回も通っています。日本になかったオペラというジャンルに魅せられたからでしょう。彼は大正3年、若手音楽家団体からグルック作曲のオペラ《オルフェオとエウリディーチェ》の翻訳を頼まれます。漢文と和歌の素養が生きた、美しい日本語による彫心鏤骨の訳稿は完成されたのですが、第一次世界大戦の勃発でオペラの上演計画は頓挫してしまいました。本講座では、この幻の鷗外訳オペラの直筆訳稿や東京藝大で2005年に行われた初演のDVDもお見せします。

参加費は¥700、みなさまのご来場をお待ちしております。(小)
2009/03/14のBlog
[ 13:02 ] [ ふれあい塾講座記録 ]
きょうは今学期最後の美術館訪問にブリヂストン美術館を選びました。
我孫子駅改札口09:10時集合、参加予定の塾生さん9名が揃ったのですが、お一人見当たりません。どこへ行ってしまったのでしょうか!
あの方は江戸育ちだから大丈夫ですよ!の声に!心配しながら出発進行!
東京駅に着き、地下街を通って美術館前の階段を上がりかけたところに上から彼女が降りてこられたのです。
この展示では普段、作品保護のため展示を控えている紙の作品、-シャガール<ヴァンスの新月>、ドガ<浴後>、ロートレック<ムラン・ルージュ、ラ・グーリュ>岸田劉生<麗子坐像>などの水彩やパステル、リトグラフの名品に会うことができました。
これらの絵の照明は暗く見難かったのですが、そのわけは紙や水彩絵の具は劣化しやすいのだと知りました。また、絵具もいろいろで、「ヴァンスの新月」は<gouache・テンペラ(グアッシュ)不透明絵の具>で描かれたとありました。
若い頃はひたすらデッサンに励み印象画描いていた画家たちのコーナーで、20世紀美術の台頭を担った人たちに会いましたーピカソです。なるほど、それで30~40年後に抽象画に至るのかを思いました。解説によりますと、そのころ、強い個性を発揮する画家たちが現れ、現実にあり得ない色を自由に使うことで色彩の解放をしたとありました。現実の世界である3次元を、絵画という2次元でいかに表現するかに挑んだのがキュウビスムを生んだのがピカソだそうです。ピカソの「腕を組んですわるサンタンバンク」は<油彩/カンヴァス、1923年>の具象画でした。40年後の「画家とモデル」<油彩/カンヴァス>ではピカソと思える画家がヌードモデルを描いるのですが、どこに臍を、どこに口を、どこにお尻を描いたのか?三角や、○や、□の絵でした。これがキュウビスムなのでしょうネ!
ただ、色使いにほのぼのとしました。いや~逢えてよかった。(足)
2009/03/10のBlog
[ 17:24 ] [ ふれあい塾講座記録 ]
3月9日、ふれあい塾あびこの特選公開講座は「アビスタ」ホールで開催された。
「江戸という時代」シリーズの11回目となる本日は、立正大学非常勤講師、文学博士の高尾善希氏を講師にお迎えした。高尾氏には過去にも講師をつとめて頂いたが、分かりやすく、楽しいお話は好評であった。
さて、本日のテーマは「お金儲けと江戸の火事-江戸の格差社会」である。
火事と喧嘩は江戸の華、とよく言われるが、本当はどうだったのか。いつの時代も火事は迷惑な災害であるが、江戸の火事にはちょっと違った意味があった。また、江戸には今より大きな格差はなかったようにも思えるが、どうだったのか、火事と格差社会と結び付けて、興味深いお話が始まった。
ご存じのように、江戸の人口は約100万人と言われるが、半分の50万人は武士、残り半分の50万人は町方、更に町方の30万人が日雇い稼ぎの人達であった。今とは違って途方もない格差社会であった、という事実を頭に入れておく必要がある。
火事はこうした人達にとって、特別な稼ぎのチャンスを提供することであった。そこで講師は資料として火事の後の町奉行のお触を読み解いてゆく。それによると、火事で焼けた家を再建する際、「助」(たすけ)と称する、普請現場に雇用されていない人物が勝手に混ざって働いていた。彼らも給料をねだり、不足すると口論に及んだという。火事からの復興に群がる下層民の姿を彷彿とさせる。火事は稼ぎのチャンスなのだ。
今なら、家を燃えないようにしたらよいとか、火元に注意したらよいなどと云うだろうが、江戸では「家は燃えなければならなかった」のだという。防火対策などしたら益々貧富の差が広がってしまう。また、「世事見聞録」によると、出火の節など、町屋の下郎どもはみな盗賊となりだとか、風烈の節などには火をつけたり、大火災になれば大いに悦ぶなどとそれを裏付ける話が紹介されている。当時の火事の経済効果として、神田のある米屋が一軒焼けた場合、再建費用の総額が6469両(1両=約10万円として、約6億4千万円に相当)になるとの試算が紹介された。
江戸っ子は宵越しの金は持たない、と言われるが何故なのだろうか。これについて講師は豊富な資料から次のように解説する。地震の復興景気に沸く江戸を風刺した「持丸宝の出船」という錦絵がある。それによると、左官や鳶はお金を使ってしまえ、諸方へお金が回ることになるからだ、と云っている。また、金持ちもお金を倹約するな。金持ちがお金を使わないことは悪徳とした。
「世事見聞録」にも諸品の買占めはおとがめなしとする一方、金銀のしまいこみの方は罪が深い、とある。金はまわってこそ多くの人がその恩恵にあずかれる。金を使うことで景気を刺激する、それが宵越しの金は持たないという言い方の背景にあるとのこと。
さて、お話は鯰絵(ナマズ絵)へと続く。ご存じのようにナマズが地震を引き起こすものと考えられていた。このナマズを中心に商人、僧侶、大工、遊女などが描かれた所謂、鯰絵が残っている。この絵が表現するところを江戸の庶民はよく理解していた。即ち、ナマズを叩いているのは地震で損をする人であり、叩く人を止めさせているのは得をする人であることを。火事と同様、地震という自然災害も一部の人たちにとっては稼ぎの場であった。渡世によって火事や地震の明暗が分かれることがよくわかる。
今日の講座で江戸の格差社会がどれほど深刻であったか、良く理解できた。庶民の、長屋暮らしを美化するような言い方があるが、実態を理解しないものだ。江戸は労働力が過剰であった。それに対応するほどの仕事量がなかった。人情に厚いことを示す資料は少ない。それよりも、富の取り合いを示す資料の方が圧倒的に多いという。

アンケート結果でも本日の講座はとても好評であった。
・分かりやすい面白い講義でした。江戸社会を身近に感ずることができた。講師の率直でフランクなもの言いにも好感しました。
・江戸の火事が多かったという理由等とても解り易く面白いお話でした。鯰絵の御話も。現代にも通じるものがあると思います。(佐)
2009/03/08のBlog
13、ナレーション
「現在13万5千人が集う我がまち我孫子は、歌の盛んな街です。合唱団の数は優に30を超えています。我孫子に住む人が作詞・作曲した歌もたくさんあります。また、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、大学は、公立・私立を含め36校あります。これらの学校には、我孫子の景観や将来への希望を織り込んだ校歌があります。常に全国大会へ駒を進める誇るべき合唱部を持つ学校もあります。本日出場の我孫子中学校合唱部は、明日、3月1日に東京のコンクールに出場して歌う歌を披露してくれます。」

14、児童合唱団リトルキャッツ 指揮 前原寿栄さん ピアノ 酒井玲子さん
① 「今日から明日へ」 (作詞 宇内悦子 作曲 酒井玲子)
② 「ありがとう」 (作詞 宮平美優 作曲 酒井玲子)
③ (参考演奏)「Best Friend」 (作詞作曲 玉城千春 キロロ )

15、我孫子童謡を歌う会 指揮 前原寿栄さん ピアノ 山崎和子さん
① 「牧場の朝」 (作詞 杉村楚人冠 作曲 舟橋栄吉)
② 「会歌-心のふるさと我孫子」 (作詞 前原寿栄 作曲 三上公一)

16、あびこ声楽家協会付属合唱団
「ポプラ」(作詞 宇内悦子 作曲 若松慎吾 編曲 丹保剛) 
指揮 大久保光哉さん ピアノ 山田すみ子さん

17、女声合唱団プリムラコーラス 指揮 大久保光哉さん ピアノ 山田すみ子さん
① (参考演奏)「ややこら眠れ」- 和歌山県地方の伝承詩から - (作曲編曲 石黒晶)
② (参考演奏)「冬景色」(文部省唱歌 萩原英彦編曲)
18、アカペラアンサンブル レインボー
①「虹色に輝いて」 (作詞 岡崎京子&酒井玲子 作曲 酒井玲子) 
②「にじ」(作詞 岡崎京子 作曲 酒井玲子) 
③(参考演奏)「ディズニーソングより3曲メドレー」 編曲 酒井玲子
「チムチムチェリー」(メリーポピンズ)・「ダルメシアンプランテーション」(101匹わんちゃん)・「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」(メリーポピンズ)の3曲。

19、高野山小学校合唱部 指揮 蟻川眞知子さん ピアノ 糸川麻美さん 志村美咲さん
① 「校歌」 (作詞 小川豊 作曲 鈴木善作)
② 「いま手賀沼がうつくしい」 (作詞 宇内悦子 作曲 酒井玲子) 
③ (参考演奏)「虹がなければ」(作詞 坂田江美 作曲 吉田峰明) 
 
20、我孫子中学校合唱部 指揮 太田悦子さん 
① 「校歌」 (作詞 勝承夫 作曲 中山晋平) 
② (参考演奏)「Esurientes implevit bonis(神は良いもので満たし)」(ジェネ・カルペントラス作曲)
③ (参考演奏) 「Memento,salutis auctor(心にとめて下さい。救いの創始者である主よ)」(ウイリアム・バード作曲)

21、合同演奏 我孫子の子どもたちの歌 「一緒に歌おう」 (作詞 岡田亜衣菜 作曲 黒澤吉徳 )
指揮 蟻川眞理子さん ピアノ 糸川麻美さん
合唱 我孫子中学校合唱部 高野山小学校合唱部 児童合唱団リトルキャッツ
22、ナレーション
「平成19年12月9日、湖北地区公民館で初演奏された「我孫子景観賛歌」は、それまで3年間続けて開催された「景観コンサート」が一区切りとなったのを記念して作詞・作曲された作品です。かつては豊かな我孫子の風土が人を育んでくれましたが、これからは人が豊かな風土を育まなければならないという思いを込めて創られた作品です。最後の「我孫子市民の歌」は、市制施行10周年を記念して、昭和55年に、歌詞を募集、小椋佳さんの作曲で誕生した歌です。みんなで力いっぱい歌いましょう。」

23、合同演奏「我孫子景観賛歌」(作詞 富樫道廣 作曲 徳永洋明)
指揮 大久保光哉さん ピアノ 山田すみ子さん
バリトン 大久保光哉さん テノール 出沼哲さん ソプラノ 塚本江里子さん アルト 桐原郁実さん
合唱:女声合唱団プリムラコーラス 男声合唱団シャウティング フォックス
あびこ声楽家協会付属合唱団 高野山小学校合唱部

24、エンディングは全員合唱により「我孫子市民の歌」(作詞 平塚歌子 補作詞作曲 小椋佳 編曲 伊藤幹翁)を歌って終了しました。 指揮 大久保光哉さん ピアノ 山田すみ子さん

予想以上の多数の団体・個人にご参加いただいたため、いろいろ行き届かないことの多かったコンサートでしたが、当日のアンケート結果では、「大変良かった」と「良かった」の合計は回答者の97%、「今後もこのような催しがあったら参加する」は同じく98%、「単なる合唱祭でなく、地域にちなむうたを、そして郷土を愛そうという意気込みが脈打っていた」、「こんなにも我孫子に良いうたがあったことを初めて知りました」、「郷土をもっと真剣に見つめなければならないと思った」など、高いご評価をいただきました。出演者の皆さんはもちろん、企画段階から何かとアドバイスしてくださった皆さん、そして、当日運営にご協力くださった皆さんに心より感謝いたします。(足)
2009/03/07のBlog
ふれあい塾あびこは、2月28日、3月1日の両日、我孫子市内3会場で開かれた「市民活動フェアinあびこ2009『世代をこえて♪ボランシカ』」に参加、今年初めての湖北地区公民館ホール会場で、2月28日(土)午後、我孫子ゆかりの「うた」の数々を集めた“我孫子をうたう”コンサートを開催しました。

ふれあい塾は間もなく開塾600講座を迎えますが、その記念企画として、世代をこえて歌い継ぎ、語り継いでゆきたい我孫子ゆかりの「うた」(歌、唄、詩)を集大成したものです。招待演奏の茨城県利根町からの1団体を含めて15の団体・個人の演奏者が出演、一般参加者を含めて約350人の人々と、午後1時から4時までの3時間、たっぷり、豊かな我孫子のうたの数々を楽しみました。
以下はその3時間にわたるコンサートの報告です。
1、ボランシカ合唱団による「ビバ!ボランシカ」(作詞 岡崎京子 作曲酒井玲子 ピアノ酒井玲子)によるオープニングで始まりました。

2、ナレーション(我孫子朗読の会 上杉桂子さん 飯沼トミ子さん)
「“我孫子をうたう”の冒頭は、今を遡る760年前、市内湖北の名刹正泉寺を開基したとされる鎌倉執権北条時頼の息女、桐姫の物語です。桐姫は鎌倉一の姫君ともてはやされ、恋焦がれた若武者の間で、死者が出る斬り合いも起こりました。これに傷つき、罪深きことと遁世を決意した姫は、父の許しを得て鎌倉の地を離れ、北に向かい我孫子に辿りつかれました。
時は移り江戸時代。参勤交代で水戸街道を行きかう東国の大名一行や、成田詣での庶民にとって、利根川と手賀沼に挟まれた水辺と豊かな緑があふれる我孫子の地はさぞかし旅の慰めとなったことでしょう。そのひとり、松尾芭蕉の高弟河合曾良が我孫子で見たものは何だったでしょう!
この江戸時代には、徳川家康の命により利根川の東遷工事が開始され、この工事に動員された膨大な人たちの間で、全国各地の歌が歌われました。それらの工事歌が「利根地固め唄」としていまに歌い継がれています。
さらに時代は移り、明治維新を経て明治29年に常盤線鉄道が開通し、明治34年には成田線も開通して、人の行き来は一気に増えてきました。とりわけ大正3年以降は、柳宗悦、志賀直哉をはじめとする白樺派の文人たちや杉村楚人冠が我孫子に移り住み、多くの名作を残しました。」

3、薩摩琵琶 「桐姫物語」 那須和子さん
4、吟詠 塚本泰弘さん 藤井久依さん 尺八 安藤功一さん
① 川合曾良の和歌 ② 徳富蘇峰「我孫子に楚君を訪ねて」 ③杉村楚人冠「筑波見ゆ」
④ 中勘助 「ほほじろの声」 ⑤「手賀沼八景」

5、男声合唱団シャウティング フォックス 「常磐線地理歴史鉄道唱歌」指揮 大久保光哉さん

6、我孫子朗読の会 「志賀直哉の作品から」 朗読 林英子さん 庄司洋子さん
「和解」、「十一月三日午後のこと」、「好人物の夫婦」、「雪の日」の断片を紹介。

7、独唱 大久保光哉さん「別れ」(作詞 山本鉱太郎 作曲 仙道作三) ピアノ 山田すみ子さん
昭和62年10月に公演されたオペラ「手賀沼讃歌」第3幕「手賀沼を愛した人たち」でのアリア。

8、【招待演奏】利根地固め唄保存会 「利根地固め唄」(茨城県無形民俗文化財) 

9、<ナレーション> 
「太平洋戦争の終戦の日からちょうど1年後の昭和21年8月15日の午後2時、湖北国民学校で「湖北音頭」の発表演奏会が開かれました。当時の湖北村の青年団有志などが、健全な娯楽提供と子供の向学心を養成するために湖北文化連盟を結成、当時すでに名の売れて居た佐伯孝夫に作詩を、加賀谷伸に作曲を依頼して誕生したのが「湖北音頭」です。作詞者と作曲家へのお礼は夫々米一斗だったといわれています。この動きは次々と近隣の村にも広がり、「手賀沼小唄」や「新木音頭」などが生まれました。
昭和36年、我孫子町、布佐町、湖北村、富勢村の一部が合併し新我孫子町となりました。寄り合い所帯の町民に郷土意識を持ってもらいたいと、町と商工会が新郷土民謡の歌詞を募集、全国26都道府県から140編の応募作品から選ばれて誕生したのが「カッパ音頭」です。」

10、湖北音頭をうたう会
① 「湖北音頭」 (作詞 佐伯孝夫 作曲 加賀谷伸 編曲 小沢直与志)
② 「手賀沼小唄」(作詞 佐伯孝夫 作曲 加賀谷伸)
③ (参考演奏)「となりのトトロ」より「さんぽ」(作詞 中川李枝子 作曲 久石譲 )
 
11、我孫子童謡を歌う会 「河童音頭」(作詞 松島たまみ 補作 松井由利夫 作編曲 飯田景応)

12、あびこ声楽家協会付属合唱団 指揮 大久保光哉 ピアノ 山田すみ子
① 「新木音頭」(作詞 後藤茂 作曲 山本忠雄 編曲 山本功一) 
② 「あらき小唄」(作詞 後藤茂 作曲 山本忠雄 編曲 山本功一)