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ふれあい塾あびこレポ-ト
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2018/09/08のBlog
「昔あそび 今あそび―あそびと表現のワークショップを楽しみましょう」
 劇団風の子代表・脚本家・演出家 大澗弘幸氏 

本日は、ふれあい塾あびこでは初めて「ワークショップ形式で」とうたって参加を呼び掛けた講座でした。大澗氏は、冒頭に「芝居では、物事を相手に正確に「伝えること」、「相手から受け取ること」が基本です。これは、私達が生きていく上でも必要なことです。快い人間関係を持つために、本日は、相手に伝わる表現力を、心と体を動かす遊びを通して学んでみましょう」と話され、ご持参のお手玉、手作りのけん玉、コマ等も使って以下の指導をしてくださいました。
 (藤田泰男)

<今あそび>
①とんとんぱ;体を使った「あっち向いてホイ」みたいのもの→相手を感じる
②顔の準備体操;マッツサージ、早口言葉を言ってみる→演劇のいろは演習
③カードめくり;3人~10人くらいのグル―プでおこなう。白紙カードに書かれた「名詞」をジェスチャーで仲間に当てさせる→発信と受信
④3人で一筆書き;3人で順番に一筆描きで紙に顔を描いていく→折り合いをつける

<昔あそび>
① けん玉‥紙コップに新聞紙を丸めて作った球を入れる。(誰でもできるけん玉に「孫とも出来そう!」と言う方も。)
②コマ廻し‥(昔取った杵柄ですぐにできる人が、苦戦する人に教える姿も見られました。大澗講師のさすがの技に拍手!)
③お手玉‥お手玉が一つから、二つ、三つと増えていく。(落としたお手玉を追いかけて思わず苦笑しながら汗をかく方も。)

アンケートの一部をご紹介いたします。
・楽しいお話しの進め方で、昔の遊びの変化、色々工夫する事も大切だと感じました。子供との遊びの中でこれから利用させて頂きます。
・いつもの講座と違う参加型で、楽しい講座でした。お隣の方が知らない方でしたので思いきって出来ました。脳が活性化できたかな?
2018/09/04のBlog
新シリーズ「再訪・絵画を観る喜び」① 古代からルネサンス美術へ
美術愛好家 長野一隆氏

好評の長野絵画講座は、受講者の皆さんからのご要望にお応えてして新シリーズを開設することになり、その第1回目が、本日からスタートしました。 今回シリーズも、長野講師がこれまで40年近くにわたって訪問してこられた42ヶ国、2212ヶ所に及ぶ美術館、博物館、美術品のある邸宅や教会などで実際に観てこられた名画のなかの代表作について、前回の「絵画を観る喜び」シリーズで割愛された名画も追加しながら解説していただくものです。「新シリーズを最初から」と、ほぼ満席の受講者に、「古代からルネサンス美術へ」について、以下のような解説をしてくださいました。

・古代絵画としてはラスコーの洞窟画(約17,000年前)が有名だが、それよりも以前の約32,000年前で、最古級と言われる「ジョーヴェ洞窟壁画」から600年頃までに描かれた壁画や彫刻などから代表的な以下の11点をご紹介する。

「ジョーヴェ洞窟壁画」 ジョーヴェ洞窟復元センター、ヴァロン・ポン・ダルク、フランス
「ブラッサンプーイの貴婦人」 国立考古学博物館、サン・ジエルマン・アン・レー、仏、約25,000年前
「豊穣のマドンナ」 国立考古学博物館、サン・ジエルマン・アン・レー、仏、約25,000年前
「ライオンマン」 ウルム博物館、ウルム、ドイツ、約40,000年前
「ダイバーの墓」 国立考古学博物館、パエストゥム、イタリア、紀元前470年頃 
「バッカスの巫女の踊り」 秘儀荘、ポンペイ、イタリア、紀元前50年頃 
「ポンペイ遺跡発掘フレスコ画」 ナポリ国立考古学博物館、イタリア、20年以前
「若い女性のミイラ肖像画」 ルーブル美術館、パリ、2世紀頃
「少年のミイラ肖像画」 メトロポリタン美術館、ニューヨーク、1-2世紀頃
「10人娘の広間モザイク」 ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ、ピアッツア・アルメリーナ、 4世紀初め
「ユスティニアヌス帝と廷臣たち」 サン・ヴィターレ教会、ラヴェンナ、イタリア、547年、モザイク

・この後、中世ヨーロッパにおいては美術の世界は暗黒の時代に入る。392年にキリスト教を東ローマ帝国の国教に定められたことから教会が全て支配する様になり、美術は教会の装飾に奉仕するものになっていった。当時、文盲だった一般の人たちのために、聖書の内容が絵や彫刻で表現し、伝えられた。しかし、教会の意向が強く働き、人物像はキリストやマリアのような聖人像で、平面的で、感情も遠近感もないものであった。このような画家ではなく職人と同様であった状況が千年も続いた。作者は不詳であるが、フィレンツェで描かれた中世の以下の名画を紹介する。
作者不詳 「玉座の聖母子」ヴフイッツィ美術館、フィレンツェ、1210-15年

・次にルネサンス美術に移る。ルネサンスとは「再生、復興」を意味するフランス語で、15世紀初頭からイタリアを中心に興った芸術運動である。キリスト教の宗教画が圧倒的に多かった為、最初はさほど興味を持たなかったが、ドメニコ・ギルランダイオの「若い女性の肖像」と出会った時、強烈な衝撃を受け、これによってルネサンス美術についての見方が一変させられた。ミケランジェロが最初に師事した画家でもあるギルランダイオを初めとする8人の代表的な画家とその名画13点を紹介する。

ドメニコ・ギルランダイオ(1449-1494)
「若い女性の肖像」、カル―スト・グルベンキアン美術館、リスボン、ポルトガル、1490年頃
「ジョヴァンナ・トルナブオーニ」ボルネミッサ美術館、ティッセン、スペイン、1488年
ミケランジェロ・ブオナローティ(1475-1564)
「ダビデ像」、アカデミア美術館、フィレンツェ、1504年
「聖アントニウスの誘惑」、キンベル美術館、フォートワース、1487-88年
「聖家族」、ウフィッツィ美術館、1505年
マルティン・ショーンガウアー(1448-1491)
「聖アントニウスの誘惑」、ハンガリー国立美術館、ブタペスト、1475年
アントニオ・デル・ポッライオーロ(1431-1498)
「若い婦人の横顔」、ベルリン絵画館、1465年頃
ピエロ・デッラ・フランチェスカ(1412-1492)
「ウルビーノ公夫妻の肖像」、ウフィツィ美術館、ウルビーノ、イタリア、1465-72年
「キリストの復活」、サンセポルクロ市立美術館、サンセポルクロ、イタリア、1463年
ピエロ・ディ・コジモ(1462-1521)
「シモネッタ・ヴェスプッチ」、コンデ美術館、シャンティイ、イタリア、1480年
サンドロ・ボッティチェッリ(1445-1510)
「美しきシモネッタの肖像」、丸紅コレクション、日本、1480年頃
「ヴィーナスの誕生」、ウフィツィ美術館、1483-85年
レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)
「モナ・リザ」、ルーブル美術館、1503年頃

以上のような解説の後、講師は最後に、万能天才と言われるダ・ヴィンチの代表作で名画中の名画「モナ・リザ」の絵画史における意義などを説明されて本日の講座を終えられました。

以下は、受講者のみなさんから寄せられたアンケートの一部です。(小島 隆)
・今回の講座で、古い時代の作家、作品を詳しく解説していただき、そういう先駆者の作品があればこそ、その後の有名な画家、作品が出来上がったことが良く理解できた。大変意義ある講座であった。目からウロコが落ちた。
・居ながらにして、古代ヨーロッパの名画を鑑賞した様な豊かな気持ちになりました。次回を楽しみにしています。
・わかりやすくて、とても有意義だった!!次回も楽しみにしています。
・大変興味深いお話でした。新シリーズ期待しています
2018/08/02のBlog
名門フランスオケのコンサートマスターとして活躍中!
フランスのエスプリあふれる気品に満ちた演奏
本田早美花ヴァイオリンコンサートwith E.クリスチャン(ピアノ)

外気温が36度を記録した2018年8月1日、本田早美花(さみか)さんとE.クリスチャンさんをお迎えしてけやきプラザふれあいホールでヴァイオリンとピアノの演奏会を開催しました。

演奏会ご紹介の前に、まずは、「コンサートマスター」って なあに?

「オーケストラの演奏会で、演奏が始まる前のチューニングの時間がとても好きという人がいます。色々な楽器の音色が混ざりあった不思議な響きに包まれていると、『これからコンサートが始まる』という独特の感慨が沸き起こってきます。そんな
楽器のチューニングの時、ひとりのヴァイオリニストが立ち上がって全体に指示を出します。それがコンサートマスターです。」(N響HPより)

コンサートマスター、渾身の見せ場とは:

「コンサートマスターは第1ヴァイオリンのトップ奏者。ステージ上では向かって左に位置する第1ヴァイオリンのいちばん手前の先頭に座っています。そんなコンサートマスターがいちばん目立つのは、最初にあげたチューニングの場面ですが、実は
本当の「見せ場」はその後にあります。コンサートマスターが着席するとチューニングの音が鳴り止み、指揮者が登場。オーケストラの全員が立ち上がり指揮者は客席に
一礼する。指揮者が指揮台に上ったその瞬間に、コンサートマスターの仕事は始まる、とN響の第1コンサートマスター篠崎史紀さんは語っています。」(同)

本田さん所属のストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団(仏: l'Orchestre philharmonique de Strasbourg)は、フランスのストラスブールを拠点とするオーケストラで1855年に創設され、1922年からは国立管弦楽団となっています。本田さんは、その名門管弦楽団で2016年からコンサートマスターを務めておられます。

さて、満員の観客をお迎えした演奏会は、冒頭で、本田さんが「我孫子でのコンサートは、きょうが初めてです。私とピアノのE.クリスチャンさんはパリの同じ学校で学び、二人で活動を始めて10年になります。」と話されてW.A.モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ K304 ホ短調 を演奏くださいました。

次いでE.クリスチャンさんが「若い日のシュ-マンがクララを想って作曲した4つのタイトルからなる幻想曲を弾きます」と話されてR.A.シューマン:幻想小曲集 作品12を演奏くださいました。

そして
J=M・ラヴェル:ツィガーヌ 
F.A.ドルドラ:思い出 
C.サン=サーンス:ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ニ短調
と演奏が進みました。

そして最後に、本田さんから「この暑い 暑い中を来てくださってありがとうございました。外も暑いのですが、同様に熱い曲をアンコール曲としてお届けします」というご挨拶があって、P.サラサーテ:ツィゴイネルワイゼンをデユオしてくださいました。

以下はお客様から頂いた、ご感想の一部です。
*すばらしいひとときをありがとうございました、また聴かせていただきたいものです。
お二人のハーモニ-に、夏の暑さを忘れました。ありがとうございました。

*我孫子の地までようこそお出で下さいました、一流の音楽を聴くことができて楽しい時を過ごさせて頂きました。ありがとうございました。最後の、P.サラサーテ:ツィゴイネルワイゼンが良かったです。いつも楽しい企画をありがとうございました。

*久しぶりに我孫子で本格的なクラシックコンサ-トを開催くださって、ありがとうございました。都内まで行けなくなった高齢者にとって、来て下さることは大変ありがたいです。J=M・ラヴェル:ツィガーヌ、思い出し楽しませていただきました。また我孫子にいらしてください、お二人のご活躍を祈念しております。P.サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン、ありがとうございました!!

*暑さと湿気でヴァイオリンにとって最悪の環境の中、すばらしい演奏でした。モ-ツアルトも良かったのですが、C.サン=サーンス:ヴァイオリン・ソナタ 第1番が出色だったと思います。F.A.ドルドラ:思い出 、久しぶりに聞いたなあー、大満足です。

2018/07/19のBlog
シリーズ「古典の恋歌」⑦ 『万葉集』『大和物語』『源氏物語』『狭衣物語』
―入水する女系譜―
文学博士・國學院大學講師 堤 康夫講師

 古典の恋歌シリーズも7回目になります。今回も猛暑にも関わらず、多くの堤講座フアンが来場され、熱心に聴講されました。

講師は「古典文学においては、女性の自殺は圧倒的に入水によるものが多いが、その状況・動機は様々です。今回は、『万葉集』『大和物語』『源氏物語』『狭衣物語』の4作品を通して入水に至る状況を比較してみましょう」と前置きされて、4作品の女性の入水パターンを概略以下の通りお話されました。

・奈良時代に編まれた『万葉集』では、多数の男性に愛され、一人の男性に絞れないが故に悩んだ末の自殺

・平安時代前期の『大和物語』では、性格も愛情程度も同じような男性二人に言い寄られ、男性二人の争いを悩んだ末、生田川に身投げ自殺

・平安時代中期に書かれた『源氏物語』では、浮舟が薫大将、匂宮という全く性格の違う二人の男性に愛されることで悩み、宇治川へ身投げ

・平安時代後期に書かれた『狭衣物語』では、姫君と主従関係にある男性二人に対し、身分の低い者と結婚出来ないと嘆き、海に身投げする

講師は「次回は、入水ではないミステリアスな死について考えてみましょう」と次回講座へ期待を抱かせつつ、お話を終えられました。

聴講者からは「真間の手児奈のいわれの場所に行ったこともあり、楽しく聞かせていただきました。時代によって話が変わっていくのも。おもしろかったです」、「興味深く聞きました。時代がかわるにつれ、内容もかわるおもしろいお話で、疲れも飛びました」などのアンケートが寄せられました。  (酒井 弘)
2018/07/18のBlog
[ 06:35 ] [ ふれあい塾講座記録 ]
「童謡」が生まれて100年!

今年は、童謡が生まれて100年の節目にあたります。本日は、詩人・日本童謡協会副会長の宮中雲子先生に“「童謡」が生まれて100年!”の講座をしていただきました。宮中先生は、当塾に平成14年、19年、25年に続き、今回で4回目のご登壇です。厳しい暑さの続く中、けやきプラザ研修室は満席となる等、童謡に対する関心の高いことが伺えました。

冒頭、宮中先生は、ご自身のペンネームは長年師事されたサトウハチロー先生(日本童謡協会初代会長)が命名してくださったと話された後、次のように100年の歴史を童謡のCDをかけながら、作家たちの映像を映しながらお話しされました。
 
・童謡が生まれる以前は、『どのおせんべやけたかな』『ずいずいずっころばし』などの「わらべうた」や唱歌(作者が明かされていなかった歌)が子どもの歌でした。

・大正7年(1918年)鈴木三重吉が「自分の子どもに読んで聞かせる本や歌ってあげる歌がない」との思いから雑誌『赤い鳥』を創刊しました。三重吉は、北原白秋(当時34歳)に詩を依頼しました。白秋は北海道帯広地方の「わらべうた」を下敷きに『赤い鳥小鳥』を、そして次々に『ゆりかごの歌』などの詩を書きました。象徴詩を書いていた西條八十がカナリヤを自分の象徴として書いたものが『カナリヤ』です。当初、詩として発表されたものに成田為三が作曲し、大正8年に楽譜が掲載されました。

・同年には野口雨情が中心となり雑誌『金の船』が創刊されます。本居長世や中山晋平が作曲し、多くの童謡が生まれました。長世は、自分の娘たちを童謡歌手として全国を回り、レコードデビューもさせて童謡を広めていきました。この時代は、『少年』『日本少年』『少年世界』など数多くが一般の児童雑誌として出版されました。中でも『少女号』には、鹿島鳴秋『浜千鳥』、清水かつら『叱られて』の作詞に弘田龍太郎が作曲をするなど、今も歌い継がれている童謡が生まれました。

・大正14年にはラジオ放送が始まり、昭和3年になるとレコードが大衆化されてレコード童謡が盛んになります。その後、白秋の門下生だった巽聖歌や与田準一が次々に童謡を書いていきます。
昭和16年に太平洋戦争突入のため、『お山の杉の子』などの童謡の歌詞にもその影響がみられることになります。この歌は「少国民懸賞募集作品第1号」として当選したもので、サトウハチローが推したものです。

当日配布されたレジメには、戦後から現在に至るまでの童謡史が記されていましたが、ここで残念ながら、講座終了の時間となりました。『里の秋』(斎藤信夫詩・海沼実曲)のCDに合わせて受講者の皆さんの歌声とともに講座を終了ました。
(秋田桂子)

<アンケートより>
・近頃童謡の素朴な言葉が心にしみるようになりました。きょうはたくさんの綺麗な歌を鑑賞でき、作詞家の各々のエピソードなども伺えて愉しいひとときでした。唯、資料やレコードの順序が整っていなかったは残念です。
・童謡の創成期のことが分かって、良かったです。
・童謡にこんなにいい歌が多くあることに、気づかされました。童謡を聞きながらお話が伺える企画が、とってもよかったです。久しぶりに子どもに帰ったような気がしました。
・「童謡100年」がすこしわかりました、これからも親しみをもって歌っていきたいと思っています。
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