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2018/11/06のBlog
新シリーズ「再訪・絵画を観る喜び」② ルネサンス美術 その2

好評の長野絵画解説新シリーズ2回目の今回は、「ルネサンス美術その2」。これまでと同様に長野講師が40年近くにわたって訪問してこられた42ヶ国、2112ヶ所に及ぶ美術館、博物館、宮殿、美術品のある邸宅や教会などの中から、ルネッサンス期の「受胎告知」と「最後の晩餐」を中心に、代表的な名画をスライドで映しながら、収蔵施設、所在地、歴史的背景などを含めて、以下のように解説してくださいました。

*ルネサンス以前の中世は、キリスト教の圧力が極めて強く、聖人を描くのが絵画であった。古都フィレンツエは、戦火に見舞われることなく中世の美術が殆ど残っている。一般的に、ルネサンス絵画が取っつきにくいのは圧倒的に宗教画が多いことである。西洋人にとっては、キリスト教は常識的なものであるが、日本人はキリスト教に帰依している人が少ないため宗教画に馴染みが乏しいと言える。

*前回は、古代からルネサンス期ごく初期の肖像画が中心であった。今回はまず、ルネサンスの扉を叩いた画家ジョット・ディ・ボンドーネを初めとする「受胎告知」の代表的な名画とその画家を以下の通り紹介する。「受胎告知」は、処女マリアに天使のガブリエルが降り、マリアが聖霊によってキリストを身籠ったことを告げ、マリヤがそれを受け入れることを告げるシーンである。これは自然界ではあり得ないことで、逆に画家の心が刺激され、創造力が掻き立てられたことから非常に多くの「受胎告知」が描かれている。

・作者不詳 
「玉座の聖母子」ウフィツィ美術館、フィレンツェ 1210-15年
・ジョット(1267-1337)、イタリア・ルネサンスの先導者でジョットの愛称で呼ばれる。
「受胎告知」スクロヴェーニ礼拝堂、パドヴァ 1305年頃
「キリストの死」スクロヴーニ礼拝堂、1305年頃
・シモーネ・マルティーニ(1285-1344)、国際ゴジック様式の先駆けで活躍。
「受胎告知」ウフィツィ美術館、1333年
・フラ・アンジェリコ(1395-1455)、宗教的主題のみ描いた修道士画家。
「受胎告知」サン・マルコ美術館、フィレンツェ1442-1443年
・マザッチョ(1401-1428)、イタリア・ルネサンスの扉を開いた画家。
「楽園追放」ブランカッチ礼拝堂、フィレンツェ 1426-1427年
「聖三位一体」サンタ・マリア・ノヴェッラ教会、フィレンツェ1427年頃
・ボッティチェッリ(1445-1518)、フィレンツェ派の代表的画家。
「受胎告知」ウフィツィ美術館、1489年
・フィリッピーノ・リッピ(1457-1504)、独自の様式を確立。
「受胎告知」サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会、ロ―マ 1489-1491年頃
・フィリッポ・リッピ(1406-1469)、初期ルネサンスを代表するフィレンツェ派の巨匠。
「聖母子と二天使」ウフィツィ美術館 1465年頃
「受胎告知」バルベリーニ国立古典博物館、ローマ1440-1445年
・ロレンツォ・ロット(1480-1566)、ヴェネツィア派の代表的画家。
「受胎告知」レカナ-ティ市立絵画美術館、レカナーティ 1534年頃
・エル・グレコ(1541-1614)、引き伸ばされた人体の独自の絵画表現。
「受胎告知」大原美術館 1590-1603年
・アントネッロ・ダ・メッシーナ(1430-1479)、フランドルの油彩画技法をイタリアに導入した画家。
「受胎告知」シチリア州立美術館、バレルモ1475年

*続いて、「受胎告知」と同じくらい数多く描かれている「最後の晩餐」その他の絵画を取り上げる。「最後の晩餐」は、キリストが翌日処刑される前夜、12使徒と共に摂った夕食の場で、使徒の一人がイエスを裏切るとキリストが予言した時の情景である。この中には、“全くエラーのない画家”とも称賛されているアンドレア・デル・サルトの「最後の晩餐」もある。日本ではあまり知られていない画家だが、実は夏目漱石の「吾輩は猫である」にはその名が12ヶ所も出ている。

・アンドレア・デル・サルト(1486-1530)
「最後の晩餐」サン・サルヴィ美術館、フィレンツェ 1527年
「アルピエの聖母」ウフィツィ美術館、フィレンツェ 1517年 
・ポントルモ(1494-1557)、マニエリスム期(後期)の第一人者。
「キリスト降架」サンタ・フェリチタ教会、フィレンツェ 1528年頃
「ヴィ―ナスとキューピット」アカデミア美術館、フィレンツェ 1533年
・ミケランジェロ(1475-1564)、盛期ルネサンスの彫刻家、画家、建築家、詩人。
「ピエタ」サン・ピエトロ大聖堂、ローマ 1499年
・ブロンズィーノ(1503-1572)、メディチ家の宮廷画家。
「愛の勝利の寓意」ロンドン・ナショナル・ギャラリー 1545年
「コジモ一世の肖像」ニュー・サウス・ウエールズ州立美術館、シドニー 1545年
・アレッサンドロ・アッローリ(1535-1607)、マニエリスム期最後の画家の一人。
「最後の晩餐」ラジョーネ宮、ベルガモ 1582年
「ヴィーナスとキューピット」ファ―ブル美術館、モンペリエ 1570年頃
・ソフォニスバ・アングイッソ―ラ(1532-1625)、西洋美術史上最初の本格的な女流画家。
「自画像」ブレラ美術館、ミラノ 1560-1561年
「チェスをする3人の妹達」ボスナン国立美術館 ポーランド 1555年

以上、今回も90分たっぷり、原稿なしのよどみがなく、歯切れのよい名解説でした。会場一杯に詰め掛けた受講者の皆さんは、以下のアンケート例のように、大満足のご様子でした。 (小島 隆)

*さすがに美術の第一人者、今回初めての参加でしたが次回も参加したいです。
*いつも長野先生の博識とさわやかな説明に感服しています。今日も大変興味深いお話でした。有難とうございました。
*初めて耳にする画家の特徴や見どころを分かりやすく説明頂き、素晴らしいです。実物を見たいと興味を覚えるほどの講義でした。
2018/10/23のBlog
[ 02:12 ] [ ふれあい塾講座記録 ]
堤先生の連続講座“古典の恋歌”⑨蜻蛉日記
國學院大學講師・文学博士 堤 康夫先生

古典の文学作品に織り込まれている数々の恋の歌を学ぶ堤先生の「古典の恋歌」シリ-ズ。9回目のきょうは、『蜻蛉日記』が主題です。『蜻蛉日記』は初めての女性による日記文学で、浮気性の男性を夫に持った女性の、やるせない心中が吐露されています。主人公は右大将道綱母で、当時三大美人に数えられた美女です。藤原兼家に求婚されて高貴な一員に加わりましたが、夫の浮気に悩まされ、他の女性を嫉妬し続けました。「しかし彼女の証言は全て真実なのでしょうか、きょうは日記文学における事実と虚構の問題を考えてみましょう」と前置きされて、いつも通りの楽しい解説が始まりました。

*蜻蛉の生命は半日から一日半と短く、いわゆる内臓がありません。これは「蜻蛉のようにはかない私の人生」を記した日記物語です。平安時代に日記をつけたのは主に貴族の男性で、漢文を用いてのちの人々のために毎日の公式行事を克明に書き残しましたが、この日記は貴族に仕える女房階級の女性が、ひらがなを用いて数十年前の過去の出来事を遡って記した回想録です。

*右大将道綱母は19歳の折に妻がいた藤原兼家から言い寄られて、結婚します。子供が二人生まれて当初は夫も大事にしてくれたのですが、そのうちに別の女性のもとへ通い始めます。その中に次のようなエピソードが書かれています。

*外出をした夫の跡を用人につけさせると、やっぱり愛人のところへ通っており、夜明け前に戻ってきた夫に門を開けなかったら、夫は愛人のところへ戻ってしまいます。そして「夫は私の反応を試したというが、もっとかまって欲しい私…」など愚痴が続いています。

*本当にそうだったのでしょうか。「拾遺和歌集」の巻十五に、右大将道綱母の和歌が収載されています。それによると、「夜遅く門を叩く音がするので開けたら、疲れた顔の夫が入ってきた」とあります。「拾遺和歌集」は天皇の命で作られたものであり、虚構は入っていないだろうと思われます。つまり妻は門を開けて、夫を迎え入れたと推測されるのです。

堤講師は「このことは序文からも、検証が可能です。序文には、三大美人と言われていたのに、『顔も醜く美しくない。人から頼りにもされず、退屈な毎日を送っている私。世間にたくさんある嘘や作り話ではなく、私の生きてきたはかない人生を回想しようと思って書きました』と人の関心を高めることを意識した表現があり、上記のエピソードも文学作品としての価値を高めるためにわざと兼家を貶したと推測されます。蜻蛉日記はそういう創作が織り込まれた文学と言えます」という興味深い解説をされました。

きょうのアンケート回答には以下のようなご感想もありました:
*こんなに時代が変わっても、人間の中身は変わらないのですね。夫婦のあり方も変わらないのが、この文学日記からうかがえました。とても楽しく、勉強できました。不謹慎ですが下手な落語よりも面白く、幅広くいろんなことが学べて嬉しいです。

*小林一茶の「八番日記」の中に、「桐壷源氏三つのとし、我も三つのとし、母に捨てられたけれど、みなしごの我は光らぬ蛍かな」の句があります、一茶58歳の時の句です。江戸時代の後期に「源氏物語」が庶民にまで読まれたことに、驚きです。堤先生の考察をお聞かせいただければ幸いです。

*きょうの「蜻蛉日記」の解説を聴き、金婚式を数年前に終えた最近の自分たち夫婦の関係にありそうなこととつくづく感じる。小生も日常のことを約70年間毎日欠かさず、日記を記している。最近は連れ合いに対する不満や小言が、多くなりつつある。これは他人に読ませる日記では無いから、創作ではなく本音である。連れ合いがもしも日記を記していれば、小生に対する不平不満を「蜻蛉日記」以上に厳しいことを書いているであろう。夫婦とは、長年つれそうとそんなものかも?若い男女の間の愛情表現ではなく、これを相手に対する離れられない愛情の表現かも知れぬ。

2018/10/16のBlog
[ 03:00 ] [ ふれあい塾講座記録 ]
あのピアニスト・吉武優氏 再登場
~ドビュッシ-没後100年を記念して~

吉武優氏には昨2017年6月1日、「ショパンの愛と生涯」のテ-マでご登場いただき大好評でしたので、こんどはドビュッシー没後100年をテーマに再度のご登場をお願いしました。会場はほぼ満席、今回も素晴らしい演奏と、要領よく、ユーモラスなレクチャーで、時間のたつのを忘れさせる豊かな90分となりました。

吉武優氏は福岡県のご出身で、東京藝術大学及び同大学大学院音楽研究科を修了されました。その後ベルリン芸術大学にてJ.ルヴィエ氏の下で研鑽を積まれ、国家演奏家資格を取得されて帰国。数々のコンク-ルで受賞され、名だたるオ-ケストラとも多く共演されています。そして現在は桐朋学園大学や東京藝術大学ピアノ科の講師などを務めておられます。

今回取り上げられドビュッシ-はフランスの作曲家で、1862年8月に生まれ。幼少期に詩人ヴェルレ-ヌの義母に音楽の基礎を学び、長じてパリ音楽院でバッハの「トッカ-タ」を弾いてピアニストの道に進むことになります。しかし学内のコンク-ルに立て続きに失敗してピアニストの道を諦め、1878年に現存する最古の曲「フ-ガ」を作曲します。以後世に名高い数多くの名曲を作曲し、1918年3月癌により55歳で亡くなります。亡くなった年から数えて今年はちょうど、没後100年にあたります。

このドビュッシ-の作品のうち、今回演奏してくださった楽曲は以下の通りです。
*アラベスク第1番(1888)
*ベルガマスク組曲 (1890-1905) より「前奏曲」「月の光」
*前奏曲集第1巻 (1909-1910) より「デルフィの舞姫」「帆」「亜麻色の髪の乙女」「西風の見たもの」 
(休憩)
*レントより遅く (1910)
*前奏曲集第2巻 (1910-13) より「妖精は良い踊り子」「変わり者のラヴィーヌ将軍」「花火」
*12の練習曲 (1913-1915) より「五本指のために」「組み合わされたアルペッジョのために」「オクターブのために」

これらの各曲演奏の間に吉武講師は、曲の特徴、曲の創作・演奏にまつわるエピソードなどを要領よく、時にユーモラスに解説してくださいました。例えば、“レントより遅く”については、「ドビュッシ-初期の作品は、アラベスク第1番やベルガマスク組曲の「月の光」などのように、淡い、美しい色合いの曲です。一方、後半に作られた曲は、その色合いに深みが増して、暗い色合いの作品となっています。その中間にあるのがこの“『レントより遅く”という作品です。演奏された回数も少なくて耳に馴染みの無い曲ですが、ハ-モニ-の運びにとても色気を感じる作品です」と解説されました。

以下は、お客様から頂いたご感想の一部です。
*通常のコンサ-トと異なり、演奏者の解説があり、楽しいだけでなく、勉強になりました。とくに、前奏曲集第1巻 (1909-1910) より「西風の見たもの」、12の練習曲 (1913-1915) より「五本指のために」「組み合わされたアルペッジョのために」「オクターブのために」など。また我孫子に来てください、他の作曲者での同様の企画をお願いします。

*ドビュッシ-の作品を年代別にたっぷりきかせていただき、楽しく気持ちのいい時間でした。特に、アラベスク第1番(1888)、前奏曲集第1巻 (1909-1910) より「西風の見たもの」、12の練習曲 (1913-1915) より「五本指のために」など。朝早くからありがとうございました。次はどの作曲家の作品を聞かせていただけるか楽しみです。

*11月の東京文化会館でのリサイタルの前に演奏が聞けるなんて、ぜいたくすぎます。特に、アラベスク第1番(1888)、ベルガマスク組曲 (1890-1905) より「前奏曲」「月の光」、前奏曲集第2巻 (1910-13) より「妖精は良い踊り子」「変わり者のラヴィーヌ将軍」「花火」、12の練習曲 (1913-1915) より「五本指のために」「組み合わされたアルペッジョのために」「オクターブのために」など。朝早くからありがとうございます。いつもすばらしい企画に感謝しております。
2018/10/05のBlog
古典音響機器「オルゴールと蓄音機」
株式会社ティ・アンド・シー・テクニカル 会長 中鉢 博氏
(前・古典音響機器ギャラリー館長)

電気が発明される前の時代、オルゴ-ルは何時でも音楽を鳴らすことができる機器でした。
そして20世紀最大の発明であるトランジスタは集積回路を生み、集積回路はコンピュ-タ-を生み出しました。このエレクトロニクス時代の前、蝋管などによるエジソンのレコ-ドプレ-ヤ-を総称して日本では「蓄音機」と呼んでいます。今日の講座は企業家にして古典音響機器の収集家でもある中鉢博氏から以下のような解説を頂きました。
会場には中鉢氏所蔵の1800年代のシリンダ-型オルゴ-ルやエジソンの蓄音機が搬入展示され、その機器の特徴や蝋管レコ-ドの音色をお聞かせ頂きました。

※オルゴ-ルの種類は円筒型のものと円盤型の2種類があり、円筒型には10数曲・円盤型は円盤ごとに音源が打ち込まれている。操作はゼンマイ式の手巻きであり、電気が発明される前までは花形の楽器であった。

※エジソンが発明した蓄音機に使うレコ-ド盤は、蝋管レコ-ドと現在の円盤レコ-ドの2種類がある。蝋管レコ-ド用の再生蓄音機と、円盤レコ-ド用の再生蓄音機の2種類の蓄音機があった。

※エジソンの蓄音機の特徴は、針先がレコ-ド盤に対して上下する「縦振動」にある。
これに対して一般的なレコ-ドは針先が左右に振れる「横振動」型であった。
また録音が出来ることもエジソン蓄音機の特徴で、1889年にはブラームスがピアノ演奏を吹き込んでいる。

※いわゆる「名機」と呼ばれる蓄音機にはエジソンのモデルC-19「チッペンデ-ル」と、
世界最高峰のビクタ-の「クレデンザ」が挙げられる。とくに「クレデンザ」は音楽には縁遠い人にも音質の良さや音量の良さが実感できる、秀逸の蓄音機である。生憎重量が80kgを超える代物であり、常設の展示場へ足を運んでいただければ体感可能である。
中鉢講師は蓄音機に耳を傾けるロゴで有名な「ニッパ-犬」のエピソ-ドにも触れながら、
「エジソンは偉大な発明家でもありましたが、電球事業や鉱山事業などコングロマリットな実業家でもありました。」と話されて解説を終えられました。

ご参加のみなさんから頂いたアンケ-トの一部です。
*オルゴ-ルは私たちの時代のあこがれの品でした、ふたを開けると音楽が流れ夢のような世界でした。ヨ-ロッパのほうへ行くと街角に大きなオルゴ-ルをかけていたのを思い出します、こんな大きいのがあるのかとびっくりしたことを思い出します。懐かしい音色、ありがとうございました。
*100年以上前の音!とても聴きたいと思いました!実際に聴けて、間近に見ることができて感激です!先生の言葉、「ただコレクションして持っているだけでなく、こうして聴いてもらって価値がある」、とても素敵だと思いました。
2018/09/28のBlog
#ふれあい塾あびこレクチャーコンサート♭ ブログ
「柳兼子 その愛唱歌 その面影」
2018年9月24日15:00~16:30 アビスタホール

本日は、夫柳宗悦とともに我孫子に住み、「永遠のアルト」と称されている歌手柳兼子の愛唱歌を紹介し、その面影も振り返るレクチャーコンサートを我孫子市教育委委員会との共催で開催しました。(柳兼子については本年5月31日に「伯母柳兼子を語る」と題して日本民藝館常務理事・石丸重尚氏にも講演いただきました。)
講師は、メゾソプラノ歌手 矢口智恵さん、ピアニスト 大貫瑞季さん、解説者 我孫子市白樺文学館学芸員 稲村 隆さんです。

まず、水色のロングドレスの歌手・矢口智恵さんと、赤のロングドレスのピアニスト大貫瑞季さんが登場し、ジュリオ・カッチーニ作曲 曲集《新しい音楽》より“アマリッリ” を歌い、一気に華やかなコンサート会場となりました。

以後曲間に白樺文学館の稲村隆さんが、明治中期からの我孫子について、柳兼子の生涯についてなど語ってくださり、
*大中寅二 作曲 島崎藤村 作詞 《椰子の実》
*ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル作曲 オペラ《リナルド》より“私を泣かせてください” 
*ジョアキーノ・アントーニオ・ロッシーニ作曲 オペラ《セヴィリアの理髪師》より“今の歌声は” 
の各曲が続きました。

この後に、稲村さんが、白樺文学館所蔵のCDの中から「苗や苗」「平城山」「九十九里浜」の3曲の柳兼子の歌声を紹介してくださり、88歳まで歌い続けた美声の一端を知っていただくことが出来ました。

後半は、
*アイルランド民謡 里見義 作詞 《庭の千草》
*フランツ・ペーター・シューベルト作曲 ゲーテの詩によるドイツリート《魔王》
*シャルル・カミーユ・サン=サーンス作曲 オペラ《サムソンとデリラ》より“愛の神よ!”
*ジョルジュ・ビゼー作曲 オペラ《カルメン》より“ハバネラ” 
でした。

“ハバネラ” は、客席を歌いながら歩き、受講者を虜にするような雰囲気を醸し出されました。アンコール曲は、成田為三作曲 林古渓作詞 浜辺の歌でした。

 矢口智恵さんがレクチャ―をされず、ご自分の体(喉)を大切にしているおられることに感銘を受けました。またその矢口さんから絶対の信頼を受けている大貫瑞季さんのテクニックを間近で聴かせていただきました。また白樺文学館の稲村隆さんの語りはユーモアがあり、会場を和やかな雰囲気にしてくださいました。お忙しい中、解説の準備や資料作成をしていただき、感謝いたします。 (秋田桂子)

~たくさんのアンケートより~
・冒頭のアマリッリを聞いて矢口さんの伸びやかで艶のある声に感動しました。つくづく人間の体は楽器であると思いました。伴奏の大貫さんも時に愛らしく、時に力強く演奏されステキでした。(矢口さんの衣装を工夫されたところは効果的でした。)稲村さんの語りも機智に富んだ愉しいものでした。
・歌は素晴らしく1000円で聞かせていただき感謝です。
・ありがとうございました。素晴らしいメゾソプラノ/堪能しました。素敵なプログラムでした。暖かく、よく響く声が真っすぐ心に入ってきました。ピアノの音とともに感動しました。
・「魔王」魔王のささやきも前半はやさしく表現されているところが印象的だった。
・柳兼子さんのCDで83歳とは思えぬ程の声量には驚きました。
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