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2018/05/19のBlog
人物評伝シリーズ
人生を「私の履歴書」から学ぶ
「私の履歴書」研究者 吉田 勝昭氏

本日は、日本経済新聞の名物コラム「私の履歴書」研究の第一人者と言われている吉田 勝昭氏においで頂きました。
講師はまず、「私の履歴書」の愛読調査、愛読目的について話されました。そして、「私の履歴書」の中から、特に11名の方を選ばれ、逆境、病、家族問題などによる「心の雨の日」に、これらの先達はいかに対処し、その困難を克服したかを解説されました。それぞれの人の履歴書の当該部分は、当塾の秋田が朗読させて頂きました。

11名の方のお名前とポイントは以下のとおりです。

1.病やハンデイキャップを克服する
①田中 角栄(首相)「吃音症(どもり) 自分に自信を持つ」
②似鳥 昭雄(ニトリHD社長)「得意技を持つ」
③ミヤコ蝶々(女優)「覚せい剤」

2.逆教に耐え、乗り越える
①君原 健二(メキシコ五輪銀メダリスト)「スランプ克服」
②加山 雄三(俳優、シンガーソングライター)「破産」
③大鵬 幸喜(元横綱)「過酷なしごき」
④野村 克也(元ヤクルト、楽天監督)「野球スーパースターの攻略法」

3.不遇に耐え、生かす
①新藤 兼人(映画監督、脚本家)「事実婚を支えるもの」
②長谷川 伸(劇作家)、島田 正吾(俳優)「瞼の母」
③大谷 米太郎(大谷重工業社長)「タネ銭の必要性」

以上のご説明の後、講師は私の履歴書の「話題が広がる情報」として以下のようなお話しをして下さいました。
1.執筆年令(一番年令の高い執筆者はだれか等)
2.連載回数の多い人
3.連載回数の少ない人
4.非経済人(政治家、アスリートー等)
5.女性の登場者 (藤田 泰男)

以下、アンケートの一部をご紹介します。
①大変面白いお話しでした。現役の頃は日経新聞をとっていて、「私の履歴書」は必ず読みました。懐かしく思い出しました。朗読を入れながらお話しを進める企画は良かったと思います。秋田さんの朗読が素晴らしく感服いたしました。プロ並ですね。
②自分をさらけ出し、それを克服したという、常に前向きな心で迎え合うことは良かった。人それぞれ悩み逆向があり、平坦な人生はないという人間味がわかりとても良好でした。
2018/05/15のBlog
西洋史再訪⑪ キリスト教の成立と発展
首都大学東京准教授 高橋亮介氏
高橋講師の西洋史講座は11回目。今回は「キリスト教の成立と発展」です。多くの方に関心を持っていただいたテーマで、会場は満席となりました。

講師は「キリスト教の成立をお話しするためには、その前提としてユダヤ教のお話から始める必要があります。今回の講義は長くなりそうで、キリスト教の成立までで話が終わりそうであることを先ず謝っておきたいと思います」と前置きされ、以下のようなお話をしてくださいました。

1.古代イスラエル人の歴史とユダヤ教の成立
ユダヤ王国が、エジプトやペルシャ等強国に挟まれた地政学的な問題から、完全な自治を得ることが出来なかった。そのことから、①イスラエル民族の苦難を神の罰として捉え、救世主の出現を期待する②神殿・律法を中心に、神との関係を維持しつつ、救済を待つ―との思いから、ユダヤ教が成立した。

2.ユダヤ王を通じた間接統治からローマの直接支配の時代へ
ローマ皇帝アウグストゥスによる支配下にあって、保守的な神殿勢力とは異なり、律法解釈を重んじ大衆の支持を集めたユダヤ人グループのパリサイ人は、徹底的に抵抗した。

その当時「終末思想」がイスラエル人の拠り所ともなっていた。すなわち現状への根本的な変更への期待を来世に求めようとの思想である。ユダヤ教では、力の無いもの、虐げられているもの、苦しんでいるもの等は、神が罰を与えているからである、この不満が解消されるのは死によって、との信仰があった。

3.イエスとその運動
イエスは30歳頃、ヨハネから洗礼を受け、彼の教団に入る。ヨハネが逮捕・処刑された後、神殿体制への批判・攻撃等独自の運動を展開し、弟子・賛同者を集める。これらのことが祭司等ユダヤ教の指導者の反感を買い、イエスは捉えられローマ総督に引き渡され、十字架刑に処せられることとなった。 

3.キリスト教信仰の成立
イエスを見捨てた弟子たちは、イエスの処刑後、彼と彼の死の意味について考え、「イエスは神の子で救世主であり、死んで復活した」とし、イエスの死を贖罪と救済と結びつけた。つまり、「皆(人類)の罰を一心に引き受けて死んだ、神が遣わした神の子である」とするものである。

以上で残念ながら講座終了の刻限が来、「キリスト教の普及と迫害」については、次回以降の楽しみとせざるを得なくなりました。講師は、「イエスが新しい宗教を創ったのではなく、弟子たちがイエスの死の意味を後付けしたのではないか」と結ばれ、講演を終えられました。 (酒井 弘)

受講生のアンケートをご紹介します。
*難しくて分からないが、もう少し知りたいと思います。新たに分かった事もあり、面白かった、一時期教会に通ったことがありましたが中々素直に受け入れられずもうやめています。
*キリスト教の成立について難しいところを説明して下さり有難うございました、まだ未消化なのでぜひ次回も引き続きお話していただきたいと思います。
*ユダヤ教とキリスト教の違い、ユダヤ教から派生したキリスト教の経緯がやや理解できた、その後のキリスト教の展開の講演会を聞いてみたい。

この他にも多くの皆様から次回の講演を期待されるアンケートが寄せられておりました。

2018/05/09のBlog
シリーズ「絵画を観る喜び」(12) 現代美術 その4 「ドイツ表現主義と抽象絵画」
美術愛好家 長野一隆氏

本日は好評の長野絵画解説シリーズの最終回です。今回も長野講師はこれまで40年近くにわたって訪問してこられた世界の2000以上の美術関連施設から選んだ表題のテーマの名画について語ってくださいました。

今回選ばれた名画は28点で、収蔵美術館を含めてスライドで紹介しながら、以下の様に解説してくださいました。

・表現主義は昔からあったが、ドイツ表現主義は20世紀初頭からドイツ中心に起こった。日本語で表現主義はあまりピンとこないが、英語で言うExpressionismは、より馴染みのあるImpressionism(印象主義)に対する言葉で、反対語として受け取られる。ここで言うimpressは観たものを受け入れ、expressは体から外に出すことで、つまり印象主義の画家は観たものをそのまま写し取って描くのに対し、心の中にあるものを何とか絵の上に表現したのがドイツ表現主義である。

・ナチスから退廃芸術の烙印を押されたエルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナーを初めとする5人の代表的な画家とその作品を紹介する。

キルヒナー(1880-1938)
「マルツェッラ」ストックホルム近代美術館、スウェーデン1910年
「病める自画像」モダン・ピナコテーク、ミュンヘン1918年
「ダヴォス市庁舎」キルヒナー美術館、ダヴォス1931年

ノルデ(1867-1956)
「最後の晩餐」コペンハーゲン国立美術館、デンマーク1909年
「庭の花々」ゼービユル・ノルデ美術館、ノイキルヒェン1919年
「アイリスとポピー」ゼービユル・ノルデ美術館、ノイキルヒェン

マルク(1880-1916)
「黄色い牛」グッゲンハイム美術館、ニューヨーク1911年
「跳躍する馬」フランツ・マルク美術館、コッヘル・アム・ゼ―1911年
「戦う形態」モダン・ピナコテーク、ミュンヘン1914年

モーダーゾーン=ベッカー(1876-1907)
「自画像」パウラ・モーダーゾーン=ベッカー美術館、1906年
「レモンとオレンジのある静物」ヴォルプスヴェーデ美術館、ドイツ1906年

ココシュカ(1886-1980)
「風の花嫁」バーゼル美術館、スイス1914年
「アルマ・マーラーの肖像」東京国立近代美術館、東京都1912年

・抽象絵画は、定義がなく無対象絵画で、自然の対象物がないことである。主としてドイツ表現主義からとキュビスムからの2つの流れがある。特に注目される画家は、30歳で絵画を始めたモスクワ生まれのワシリー・カンディンスキーで、1910年に世界最初の抽象画「無題」を描き、音楽アナロジーを例えに彼独自の芸術論を論文で発表した。

・音符の集まりだけで音楽が成り立つように、絵も色彩の集まりだけで絵が成り立つ彼の発想は、世界の芸術家たちに多大なる影響を与えた。6人の代表的な画家とその作品を紹介する。

カンディンスキー(1866-1944)
「ルムナウ城の中庭Ⅰ」トレチャコフ美術館、モスクワ1908年
「無題」ポンピドゥー・センター、パリ1910年
「コンサート」レンバッハハウス美術館、ミュンヘン1911年
「円をめぐって」グッゲンハイム美術館、ニューヨーク1940年

モンドリアン(1872-1944)
「コンポジションⅡ」チューリッヒ美術館、スイス1930年
「ブロードウェイ・ブギ・ウギ」ニューヨーク近代美術館 1942年

ロスコ(1903-1970)
「無題」福岡市美術館 1961年
「「壁画No.4」のためのスケッチ」DIC川村記念美術館、佐倉市1958年

ポロック(1912-1956)
「青い柱」オーストラリア国立美術館、キャンベラ1952年

クレー(1879-1940)
「ドゥルカマラ島」パウル・クレー・センター、ベルン1938年
「パルナッソス山へ」ベルン美術館、スイス1932年

バルテュス(1908-2001)
「街路」ニューヨーク近代美術館1933年
「猫の王様」イェニシュ美術館、ヴヴェイ、スイス1935年
「テレーズ」メトロポリタン美術館、ニューヨーク1938年
「シャシーの農家の中庭」ポンピドゥー・センター、パリ1960年

以上のご説明の後、講師は「このシリーズは今回で完結しましたが、受講者の皆さんから数多く寄せられたアンケートにお応えして、次回から『絵画を観る喜びⅡ-古代から近代絵画の夜明けまで』をテーマに、8回にわたって西洋絵画の歴史を改めてご紹介します」と予告されて講座を締め括られました。 (小島 隆)

以下、受講者の皆さんから頂いた感想の一部をご紹介します。
・本当に素晴らしい講座でした。長い間ありがとうございました。9月からまた聞ける由、楽しみです。
・お話が何しろ面白い。ご自分の見た絵画についての話で説得力があった。
・中身の濃い、味わいのある名講義。素晴らしいです。次の講座も楽しみにしています。



2018/04/24のBlog
「最後の超大国インド」元駐インド大使が見た親日国のすべて
日印協会理事長 元駐印、駐仏大使 平林 博氏

本日は、日印協会理事長 平林 博氏が久しぶりにご登場下さり、インドについて、表題をテーマにお話しいただきました。講師は、たくさんのプロジェクター資料を用意して、この「最後の超大国」について、以下の概要のような解説と、重要ポイントの説明をしてくださいました。

「概要」
インドは、1990年初頭に国家主導主義経済から市場経済に方針転換し、2015年現在、GDPは約2兆ドルで世界7位、GDP成長率7,9%と経済成長を続けている。又、核兵器を所有している。国土面積は、328.7万平方㎞で世界第7位。人口は、 12億1000万人で世界2位。人口増加と、めざましい経済発展等とあいまって、今世紀半ばには、アメリカ、ロシア、中国に次いで4番目の、最後の超大国となると予想されている。

アジアでは、軍事、経済等の分野で中国の台頭が著しく、中国は世界戦略として「一帯一路」構想を打ち出している。日本を含む多くのアジア諸国にとってその戦略構想は、重要な意味を持つ。例えば、マラッカ海峡からインド洋を経てペルシャ湾やスエズ運河に至るシーレーンは、特に中東の原油や天然ガス供給の生命線である。

そのため、日本―インドーアセアン諸国の一部―オーストラリアーアメリカの連携において、「民主主義」等の共通の価値観を共有する国々にとって、インドは戦略的に、地政学的に、又、経済的に重要な国となってきている。日本とインドは戦前のイギリスからの独立運動の支援、戦後のODAによる国づくり援助などの歴史から、極めて良好な関係にある。その為、日本は2000年の「日印グローバル。パートナーシップ」樹立から現在の「特別戦略的グローバル。パートナーシップ」へと外交、経済、軍事の面でもその協力関係を昇格させてきた。

以下、羅列的ではあるが、 もう少し詳しくお話しいただいことを記した。

「重要ポイント」
★インドは最大の民主主義国家
①民主制度を守るとの政府。国民の固い決意
②有権者は8億1400万人でありその選挙は公正さが常に担保されてきた。
③政権交代は常に選挙を通じて行われ、クーデターによることはなかった。
④多用性の中の統一
民族的多様性;アーリア系、ドラヴィデ系、
言語の多様性、ヒンドウ‐語(国の公用語)パンジャブ語、ベンガル語、英語 等
宗教の多様性;ヒンドウー教徒 80%、イスラム教14.2%、キリスト教2.3毒
独特の高級官僚システム
⑤能動的で政府批判を厭わないマスコミ
★戦略的自立の精神と核抑止力の保持; 対パキスタン、対中国
★日本同様に国連の安全保障、常任理事国をめざす。
日本、インド、ブラジル、アフリカの1ケ国計4カ国の新規加入を目指す。 
★誇り高いインド人。自己の立場、主張を行うタフな神経、思考回路は欧米的、合理的
★インドの光と影;憲法上、違憲ながら,ヒンドウ‐教と固く結びつくカースト制度
★伝統的な親日感情 ;戦前のイギリスからの植民地解放援助。戦後ODAによる経済援助★ODAによるインドの国づくり支援; メトロ建設支援、新幹線建設、東北インド開発、原子力発電事業 
★両国の首相が定期的相互訪問を続けている。
(藤田泰男)

以下、アンケートの一部をご紹介します。

・資料が充実しているのでわかりやすかった
・各国の歴史。風土。国民に関する講演会に参加の機会がなく「インド」に関しての初の参加の機会に希望と期待で申し込みさせて頂きました。素晴らしいお話しを伺い感動です。!資料の多いのに驚きました。
・とても勉強になりました!やはり国際感覚の話のスケールが大きいし、知らない事ばかりでした。
2018/04/16のBlog
シリーズ“こだわって生きる我孫子の人”⑱
ネパール&ヒマラヤを歩く
白樺同人(薪割り集団)高橋 重氏

講師の高橋氏のお話は、ペルー、ボリビア、パタゴニアに続き4回目。今回のテーマは「ネパール&ヒマラヤを歩く」です。

講師はまず「受講者から『白樺同人(薪割り集団)』のネーミングの由来について質問がありました。『白樺同人』では我孫子の『白樺派』と紛らわしい、山小屋の薪を割る仲間が相応しいと考え、『薪割り集団』としました」と笑いを誘われたうえで、

「今回は、“エベレストは70歳になったから行かなくちゃ”ということでの山行きとなった。この旅も旅行代理店を通さなかった。代理店を通さないと、航空チケット、宿泊、行程の手配など面倒ではあるが、仲間だけで企画した方がオリジナルな計画が立てられ、行動の自由度が高く、旅の印象も深くなり、そして何よりも安くあがる」

と前置きされたのち、ダイナミックなヒマラヤの山々、花々、現地人の生活ぶりなどのスライドを駆使し、概ね以下のような興味深いお話を展開されました。

1.連邦民主共和国ネパールについて
 多民族国家であり、ヒンドゥー教徒が多く、農業・観光業の盛んな国家である。

2.ヒマラヤの8000mクラスの山々について
 ヒマラヤには8000mの山々が14峰あり、ネパールにはその内、8峰がある。

3.エベレスト登山史について
 1907年にイギリス山岳会創立50周年記念行事としてエベレスト遠征隊の派遣が提案され、1921年に第1次遠征隊が派遣され、のち1953年5月29日にエドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイが初登頂に成功した。

4.日本人とヒマラヤの関わりについて
 ヒマラヤを見た最初の日本人は仏教学者の河口慧海であった。

5.ヒンズーの神々について
 〇世界を創る創造神ブラフマー(梵天)、〇世界を保つ維持神ヴィシュヌ(毘沙門天)、〇世界を壊す破壊神シヴァ(大黒天)などがある。

 講師は、ネパールの旅の終わりに体調を崩され、3日間ほどの入院を余儀なくされたとのことでした。「そこで得たことは、“70歳になったら、気を付けよう”でした」と冗談交じりにお話しを結ばれました。 
(酒井 弘) 
 
受講者からのアンケートを幾つかご紹介しましょう。
*ついこの間実際に登られた方のお話を聞くことが出来感動いたしました、目の前の写真 山々 山肌のしだ 氷河 山の花 高い山にも美しく咲く花のあることも不思議に思えました、なんどもお話をお聞きしたいです。
*エベレスト街道にはいつか行きたいと思っているのでとても参考になりました。
*実体験の話なので魅力充分(計画から始まって、文化、宗教等幅広い知識があふれていた)植物限界高度が4000m 美しい山岳写真は楽しかった。
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