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ひょうたんからKO-MA
記事一覧イベント一覧
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2010/08/02のBlog
毎朝八幡堀のゴミ拾いを欠かさないSおじいちゃん。

真夏の早朝、ゴミ拾いの様子を、今回はお堀に舟を浮かべ、その上に2カメを搭載して撮影しました。

舟に動力はなく、幅の狭い部分はロープで両岸から引っ張り、幅の広い部分は舟こぎはシロウトのスタッフがサオで操縦しながらの撮影。

用意していた舟底に雨水が溜まって水浸しだったり、最初はなかなか思うように舟をコントロールできずに苦労しましたが、どうにかこうにか撮影は無事終了。

さてさて、どんな映像になったことやら…?!

2010/07/25のBlog
[ 19:09 ] [ アサヒアートフェスティバル ]
7/22~24の2泊3日で、「外浜まつり」との地域間交流として、隠岐へ行ってきました。

島根が実家の私にとって、隠岐は近くて遠い存在。
特に島前の西ノ島ともなると、たぶん、行くのも初めて。

外浜まつりの岡田さんや田島さんが、アーティストの立場からどのように地域に関わり、どんな課題を抱え、どう乗り越えようとしているか、腹を割った話をじっくり聞くことができ、とても勉強になりました。

何より、隠岐の自然はやっぱりスゴイ。
焼火神社などの文化もスゴイ。

詳細レポートはまた後日…
2010/07/19のBlog
[ 19:04 ] [ ひょうたんからKO-MA ]
青森県教育委員会が主催する「パワフルAOMORI!創造セミナー」に、縁あって講師として招待され、行ってきました。

青森で地域づくりに取り組んでおられるパワフルな方々を前に、2時間かけて、映像メディアなどを活用した地域づくりの経験をお話させていただきました。

トンボ帰りで、地元の方々とゆっくり交流できなかったのが残念でしたが、早春の東北旅行に続き、さらに北へと進出することができ、とっても素敵な思い出になりました。
2010/06/29のBlog
今回は、原監督による直接指導のもと、料理の様子はもちろん、参加者一人ひとりにカメラに向かって一言メッセージをしゃべってもらう演出を試みました。

調理開始前には、ドリーを使ってカメラをスライドさせながら、ひとりずつ頭にバンダナを巻いてヒトコト。

料理を作って食べた後、今度は、ひとりずつカメラの前の「花道」に立ってヒトコト。

はてさて、どんなメッセージが撮れたでしょうか…?!
2010/05/23のBlog
Oおばあちゃんが参加している「近江八幡混声合唱団」の定期演奏会。

今年はなんと、本格的なパイプオルガンを擁する「文芸セミナリヨ」を1日貸しきっての大公演ということで、幾度も練習を重ね、その様子も何度か撮影させてもらっていました。

そして、いよいよ本番!!
チケットは売り切れ、客席はほぼ満席。

カメラ3台で、リハーサルから本番の一部始終を撮影しました。
1台は舞台下からOおばあちゃん1人の寄りを徹底して撮る。
1台は客席の右隅から合唱団の皆さんの熱唱ぶりを撮る。
1台は最後部の記者席から固定カメラでステージ全体の引きを撮る。

…撮影後、合唱団には、映画とは別バージョンの、オーソドックスな演奏会記録映像DVDを特別に編集して、お礼に差し上げました。
2010/04/23のBlog
定年退職シニアの社交場として、近江八幡ではすっかり定着した感のある「おやじの料理道場」。

その料理の腕前を撮影させていただきました。

スタッフのM曰く、「以前はもっと下手くそだった」らしいのですが、さすがに皆さん経験を積んで、なかなか手馴れたご様子でした。
2010/04/02のBlog
◆映画「ほんがら」上映会 & 書籍「ほんがら松明復活」お披露目会 ご案内◆

~ 映画「ほんがら」長岡野亜 監督、「ほんがら松明復活」著者 水野馨生里のトー
クセッションも同時開催!! ~

【4/29(木・祝)13時より】
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舞台は、滋賀県近江八幡市島町。
軒数60戸の小さな農村集落。
そこで、千数百年前から続く祭りに
氏神様に奉納する「ほんがら松明」が復活した。

老人クラブのメンバーがまだ青年の頃
途絶えてしまったほんがら松明を、半世紀ぶりにつくった。

その過程を記録するとともに、
老人クラブの人々の松明にたくした想いを捉えた
映画「ほんがら」(監督:長岡野亜)が
2008年に発表された。

その映画に感銘を受けた水野馨生里が、
地域に通い2010年に完成したのが
「ほんがら松明復活」だ。
本書は、映画撮影後に、この村ではじまった未来へ続く地域づくりの動きも描いてい
る。

今回、映画「ほんがら」の上映に加え、
同映画の監督である長岡野亜と、「ほんがら松明復活」著者である
水野馨生里のトークセッションを開催。

島町での取り組みについては、もちろんのこと、
これをきっかけに、ぜひあなたの住んでいるところ、
生まれ故郷にも目を向けてほしい。

そんな願いをこめて、この会を開きます。

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*...
●日にち:4月29日(木・祝)

●時間:13:00開始(12:45受付開始)

●会場:Cinema Amigo
住所 神奈川県逗子市新宿1-5-14
TEL 046-873-5643
地図 http://cinema-amigo.com/
(JR逗子駅から徒歩13分・京急新逗子駅から徒歩10分)

●プログラム
13:00~14:20 映画上映
14:30~15:30 トークセッション
15:30~16:30 交流会

●料金:
前売り 2,000円+1ドリンク(500円~)
当日 2,500円+1ドリンク(500円~)
*交流会に参加される方は、別途1,000円の会費がかかります。(軽食付)
*前売り予約数によっては当日券の受付を行わない場合があります。ご了承くださ
い。

●お申込み
下記の申込フォーム(PC or 携帯)かファックスに

①お名前
②ご連絡先(携帯電話番号、メールアドレス)
③交流会( 参加 / 不参加 )
④監督や著者に聞きたい質問 (もしあれば)

をご記入の上、ファックスの場合は4月26日までに、
申込フォームの場合は4月28日正午までにご連絡ください。
定員になり次第、締め切らせていただきます。

申込フォーム(PC&携帯):http://tinyurl.com/yjqcas7
ファックス:058-295-1221

●お問い合わせ
メール:hongara.zushi@gmail.com
平野(前日まで):090-2939-7189
佐伯(当日):090-3438-7460

当日の会場に関するお問い合わせ先:Cinema Amigo(046-873-5643)

●当日の販売

当日は会場にて書籍「ほんがら松明復活」、ドキュメンタリー映画作品「ほんがら」、
「水うちわをめぐる旅」(著者:水野馨生里)などを販売する予定です。
あわせてご利用ください。

●参考
映画「ほんがら」http://gonza.xii.jp/mura/
書籍「ほんがら松明復活」
http://www.shinhyoron.co.jp/cgi-db/s_db/kensakutan.cgi?j1=978-4-7948-0829-5
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4月17日(土)の夜、「ほんがら」のふるさと・近江八幡市島町で、映画で観た臨場感そのままに、ホンモノの「ほんがら松明」に、今年もまた奉火されます!!

50年間途絶え、あと一歩で地域から消え去ろうとしていた「ほんがら」の伝統が、地域の「誇り」として見事によみがえり、地域コミュニティ活性化の着火剤として文字通りめらめらと炎上する様を、現場で、ライブで、体感しませんか?

映画を観た人も観てない人も、書籍を読んだ人も読んでない人も、農村の地域資源と生活文化と何百年もの伝統によって生み出された「ほんがら松明」の“造形美”の極致を、そして年に一度、地域に根ざす魂が世代を超えてひとつに融合する“まつり”の醍醐味を、味わいに来てください!!

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【日 時】
 4月17日(土)大嶋奥津嶋神社 春の例大祭(宵宮祭)

 19:00頃~ 子ども松明点火
 20:00頃~ 太鼓の渡御
 20:30頃 太鼓が神社に到着
 21:00頃 ほんがら松明点火!!(※時間は祭の進行によって前後します)
 22:00頃 太鼓が帰途に着き、宵宮祭終了

【場 所】
 若宮神社境内(滋賀県近江八幡市島町)

 ●JR近江八幡駅北口より近江鉄道バス「長命寺行き」で「渡合」停留所下車、
 徒歩15分(※近江八幡駅20:38発が最終、帰りの路線バスはありません)
 ※バス時刻表:http://khobho.jp/mite/ohmi_bus/tim_Rosen.asp?kaiKbn=NOW&rosenCd=52115084

 ●湖周道路「渡合橋北詰」交差点を北へ
 ※地図:http://www.chizumaru.com/maplink.asp?SER=all&D=all&X=489906.931&Y=126616.952&SCL=848
 ※大嶋奥津嶋神社および島町自治会館から若宮神社までの区間は、当日、車
 で通ることも駐車することもできません。地元の方に確認したうえで、島
 小学校前の駐車場などに停め、そこから歩いてください。くれぐれも、祭
 の進行の妨げにならないようご注意ください。

【その他】
 ・遠方から来てくださる方は、「休暇村近江八幡」に泊まることをお勧めします。
 宿泊客は、当日、マイクロバスで休暇村から若宮神社まで往復送迎してもらえ
 ます(人数に限りがあるので事前にお確かめください)。
 http://www.qkamura.or.jp/ohmi/

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2010/03/20のBlog
社交ダンス教室に通うOおばあちゃんが、初めて公の「ダンスパーティー」に参加する様子を、許可を得て2カメで撮影させていただきました。

若い学生の青年にリードされて、はにかみながら踊るおばあちゃん。
青春です。

ドリーを駆使して、流れるようなダンスをより可憐に魅せるカメラワーク。
踊りながら発せられるひとりごとやつぶやきも、ワイヤレスマイクでばっちり拾います。
スタッフサイドも、ダンス教室での撮影の経験が活かされます。

2010/03/14のBlog
コンサート後、大場さんやサックス奏者の鈴木広志さんたちと少しばかり立ち話をさせてもらってから、再びバスに乗って仙台に戻ってきた。

齋藤さんに手配してもらった安宿にチェックインし、齋藤さんおすすめのお寿司屋さんへ向かう道中、地下鉄の構内などで、ベガルタ仙台・東北楽天ゴールデンイーグルス・仙台89ersの御三家そろい踏みのカンバンが目についた。

そういえば、滋賀県ってスポーツの印象が薄いなぁ。

高校野球では、近畿で唯一優勝経験なし。もちろんプロ野球チームもなし(おそらく、滋賀県民の多くは阪神ファン。新聞は中日が強いけど)。

数年前にサッカーで野洲高校が全国制覇したり、プロバスケチームのレイクスターズができたりしてるけど、やっぱり、滋賀はスポーツの印象が薄い気がする。スポーツでの盛り上がりに欠ける気がする。

個人的には、近い将来、BJリーグのファイナルで仙台89ersと滋賀レイクスターズの対戦を見てみたい。

(ちなみに、母が住んでいるサンフランシスコのアメフトチーム「49ers」と名前が似ているというだけの理由で、仙台89ersにはなんとなく親近感を感じている藤田です)
 
 
…などと考えながら齋藤さんに連れられて歩いているうち、目当てのお寿司屋さんに着いた。

どこから見ても、どこにでもありそうな普通のお寿司屋さん。でも、それでいい。いや、それだからいい。観光客には絶対たどり着けない、地域のコアな空間。

のれんをくぐると、齋藤さんの眼がカウンターに座っているカップルに釘付けになった。

どうやら、さっき看板を見ながら思いを巡らせていた仙台のプロスポーツチーム御三家の一角、ベガルタ仙台の現役選手らしい。

こうやって、地元のプロスポーツ選手と、同じ寿司屋の空間を共有し、客という同じ立場で、肩を並べて同じ釜の飯を食える。これも、地元にプロ球団があるということの魅力のひとつだろう。

滋賀県内で阪神タイガースの選手と出遭う機会など、期待できるはずもないのだから。
 
 
朝食と朝風呂を満喫した後、名残を惜しみつつ東鳴子をあとにし、齋藤さんの車で仙台へ。

仙台に着き、S氏とはここでお別れとなった。
楽しい旅をありがとうございました。

車は仙台に乗り捨て、齋藤さんと2人で高速バスに乗り、一路、おとなり山形県の米沢市へ向かう。今日は、映画「ほんがら」の挿入曲を作曲してくださった大場陽子さんが関わっておられるコンサートを鑑賞に行くのだ。
 
 
米沢といえば、上杉謙信。

今日のコンサート会場である「置賜文化ホール」は、「上杉博物館」と併設されている。その上杉博物館に常設されている、国宝「洛中洛外図屏風」。この屏風、織田信長が上杉謙信に贈り、以来上杉家の家宝となったものというから、信長が安土城を建てたわが近江八幡ともまんざら無関係ではない。

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「上杉本洛中洛外図屏風」は、天正2年(1574年)に織田信長から上杉謙信へ贈られたと伝えられ、以後米沢藩上杉家に伝来したという由来を持ちます。平成7年に国宝に指定されました。 筆者は桃山時代を代表する画家・狩野永徳(かのうえいとく)です。京の都を一望し、洛中(市中)と洛外(郊外)の四季と、そこに暮らす人々の生活風俗を描き込んだものです。上杉本と呼ばれるこの上杉家伝来の屏風は、数ある洛中洛外図の中でも初期に属するもので、豪華に、そして細やかに描かれています。およそ2500人もの人物が、老若男女、身分、職業を問わず描かれており、さらに動物、植物、名所、祭など多くの要素を合せ持っています。保存状態も良好で、日本美術を代表する作品とされています。
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(米沢市上杉博物館ホームページより引用)
http://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/


その「屏風絵」に描かれたディテールの情景や人物を、5人のアーティストがそれぞれ音楽で表現する、というのが、今日のコンサートの主旨だ。いわば、音楽による「絵解き」の試みである。

さて、会場付近のバス停で下車すると、またしてもどっかで見たようなゆるキャラが目に飛び込んできた。

かねたん。

彦根のひこにゃんにあやかるのはいいけれど、それでいいのか、直江兼続!(笑)

ホールに入ると、立派な能舞台がまず目に飛び込んでくる。

これ、ホバークラフトの原理で浮上&移動可能な最新鋭の舞台らしい。

ここでは、ちょうど子どもたちが子ども狂言の練習をしていた。
有名な長浜の「曳山祭」を彩る「子供歌舞伎」を思い出す。


…そして、いよいよコンサート開演。

サックス、ピアノ、コントラバス、パーカッションの4種類の楽器が、屏風に描かれた京の都の宮廷内やそれを取り囲む民衆の暮らしを、多彩な音色で奏でていく。
特に、大場さんが作曲したパートは、独特の個性的なメロディーと奏法で、屏風の隅々に閉じ込められてたたくさんの小さな物語をひとつひとつ開放していく、とても印象的な演奏だった。

映画「ほんがら」でも、観てくださった方の半分ぐらいから、「音楽がとても良かった!」という感想を聞く。改めて、あのときAAFに初参加して大場さんにめぐりあえたことに感謝した。
[ 10:46 ] [ アサヒアートフェスティバル ]
大沼さんから伺った数々のお話やエピソードの中で、特に印象に残ったこと。

鳴子温泉郷には、日本国内にある11種類の泉質のうち、9種類までが揃っているという。ここにいれば、何も加えず何も引かない源泉かけ流しの湯を、毎日贅沢に存分に味わえる。

昔は、毎年農閑期になると、農林漁業で疲れた体をリフレッシュするために、方々から人々がこの地に集っていた。そこでは、お互いに情報交換をしたり、物々交換をしたりと、今風に言えばコミュニティカフェ的な役割を担っていたに違いない。

映画「ほんがら」でも、50年前の記憶を頼りにおじいちゃん達が集ってほんがら松明をこしらえたように、この湯治場でも、かつてここに通っていた時代を記憶する人たちをもう一度ここに呼び集めて、当時の記憶を現在に呼び覚ましてみたい。今年のフェスティバルでは、ぜひそれを実現したい、と。

…滋賀県では、知事さんを筆頭に、「地元学」といって、地域に根ざしたミクロな記憶を集積することで地元を捉え直す動きが盛んだが、そこでは、「昭和30年代」がひとつの共通するキーワードになっている。すなわち、高度成長以前の暮らしの記憶こそ、地域の本質であり、持続可能な循環型社会のモデルであり、それを実際に体験してきたお年寄りの記憶こそ、かけがえのない地域資源である、と。

「農閑期に湯治場に通う」という習慣も、「昭和30年代」ごろまでは、この地域に住まう人々にとっては必然な行為であったのだろう。地球と合体して、地球によるヒーリングで肉体を再生し、また、陸上での営みや施しに精を出す。それは、体内の血管をめぐる赤血球たちが、肺胞で満杯に酸素を取り込み、それを体内の細胞たちに施してまた肺に戻ってくるのと、よく似た感覚かもしれない。
 
 
もうひとつ。

疲弊した地域へ行くと、どこでも二言目には「温泉でも出たらいいのに…」とつぶやく人がいるぐらい、そこらじゅうから良質の温泉が湧き出るこの地はヨソから見ると「うらやましい」場所なのだが、温泉地には温泉地の苦労があることを知った。

寒冷な山間地で、ただでさえ米づくりが難しいうえに、そこらじゅうから温泉が湧き出しているがゆえ、山水・川水にも硫黄分などの泉質が含まれていて、鳴子の米は質が良くない、と、風評被害も含めて長年そういうレッテルを貼られてきたそうだ。

これに対し、2006年から、地元有志が結集し、鳴子温泉地域の地域づくりを以前から指導していた民俗研究家の結城登美雄氏を総合プロデューサーに迎えて、「鳴子の米プロジェクト」がスタート。

かつて農業試験場で開発されていたものの、コメ余りによる減反政策の陰で長い間埋れていた、寒冷地に強く食味も良い「東北181号」という山間地向けの品種を鳴子で栽培し、「ゆきむすび」というブランド名で売り出し、この米を地域で買い支えることで販売価格を固定して、非効率な山間地でも持続可能な農業のしくみを地域全体で育てる。
まさしく地産地消。
まさしくコミュニティビジネス。
心から拍手を贈りたい。パチパチパチ!!

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今、米の売り渡し価格は1万3千円、1年間の労苦の賃金やいろいろな経費を取ったら、とても食べていける収入ではないの。今に農業やる人いなくなるね。農村もなくなるね。米づくりは地域づくりの基本、暮らしの基本だったんだ。米がなかったら鳴子の湯治だってなかったよ。米って農家だけで作るんじゃないんだ。食べる人が作る人と一緒になって応援していかないとね。農政で救うことはできないんだよ。

鳴子には年間83万人もの宿泊客があるんだ。旅館を出たら「ハイさようなら」ってなんだか冷たいね。例えば、帰りにおむすび二つ経木に包んで渡したら、鳴子の米の輪が広がる。鳴子の魅力も大きくなる。140ヘクタールで作ったら83万人分だね。

地域に鳴子の米を食べる食卓をいつでも、どこにでも作って、鳴子の米を食べる場をいっぱいにしよう。
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(「鳴子の米プロジェクト」ホームページより抜粋)
http://www.city.osaki.miyagi.jp/annai/kome_project/
 
 
そして、何より驚かされたのは、大沼さんの結婚披露宴のエピソード。
なんと、黄金色に輝く稲刈り前の田んぼの畦を使った屋外披露宴!!
これはぜひとも生で見てみたかった。
 
 
大沼さんから夢のある話をたくさん聞き、おなかも心もいっぱいになったところで、大沼さんは、なんと「湯たんぽ」を取り出し、そこに源泉のお湯をそのまま入れて手渡してくださった。

これはまた、いい夢が見れそうだ♪
 
 
 
――翌朝。

朝食前に気持よく目覚めた。
残雪と分厚い霜に覆われたまちを冷たい朝日がまぶしく照らす中を、ちょっとだけ散歩してみた。

外の空気は凛として、ことさら澄んでいるように思えた。すべりやすい足元の路面に注意しつつ、人気のない早朝の表通りをブラブラと歩く。

まっすぐな商店街の正面に、きれいな三角形の山がそびえている。近江八幡の旧市街(新町通)から見る八幡山とシンクロしたせいか、とても心が落ち着く風景だ。

湯治場文化の衰退とともに、このメインストリートも、哀愁に満ちたものに変わりつつあることが伺えた。しかし、それは必ずしも憂うべきことではないのかもしれない。なんといっても、ここの「お湯」と「湯治文化」は、嘘偽りなきホンモノであり、それは未来永劫変わらない。そして、大沼さんのようなプロデュース力のある「地の人」もいる。そう考えたら、この一見さびれた商店街のまちなみも、朝日に照らされてキラキラ輝く宝の山に見えてきた。
 
 
(追記)
この旅行からの帰宅後、ひとつだけ困ったことが。

鳴子での「地球との合体」体験以来、無機質な水道水をガスで沸かした自宅のお風呂や、塩素消毒している一般の循環式の温泉では、どうにも物足りなくて仕方がない体になってしまったのだ…。
 
2010/03/13のBlog
3人で齋藤さんの車に乗り込み、まず最初に向かったのは、「ビッグスター鳴子味庵 (なごみあん)」。

見た目はどう見てもカラオケボックスで、実際中身も一部は現役のカラオケボックスなのだが、一部が座敷に改装されてランチスペースになっている。

で、このシチュエーションとは裏腹に、出てくるランチは、野菜ソムリエによるこだわりの地産地消ランチ。とっても美味しくてヘルシーで、おまけに地域にも貢献している。カラオケボックスと野菜ソムリエという組み合わせは一見ミスマッチだが、カラオケボックスの常連客がこの店をきっかけに食や農への関心をもつようになっっていったとしたら、実にすばらしい組み合わせと言えるかもしれない。

ちなみに、「なごみ」という名は私の娘の名でもある。こんなところで「鳴子」とうちの家族に接点があったとは…(余談)
 
腹ごしらえをしたあと、コンビニで卵を1パック買ってから向かったのは、「鬼首・吹上 地獄谷」と呼ばれる場所。

地獄谷の駐車場に向かう上り坂の入口に着くと、なんと、その先の道は一面雪に覆われていた。今まで車で通ってきた道は、除雪されていたから積雪がなかったのね。さすがは東北。もう3月なかばだというのに、まだまだ雪深い。

下手をすればひざまでハマる雪道を歩くことになろうとは想像だにせずみんなをここに連れてきてしまった齋藤氏はオロオロしていたが、もとよりボーイスカウトの隊長もやってる野生児の私は、「ここまで来たんやから行こう!」と構わずみんなを先導して突進。

これまた雪に埋もれた木道の階段を下りると、いよいよ「地獄谷」に到着!!

「地獄谷」とは、峡谷のあちこちからもうもうと湯気があがり、岩の隙間からボコボコと熱湯が吹き出す間欠泉。

間欠泉の動画1
間欠泉の動画2

地球の底から湧き上がってきたエネルギーが、この場所から地上に吹き出している。

まさしく、パワースポット。

地球、生きてる。すごいなぁ。地球の生命力。

その、地球のエネルギーをちょっとだけお借りして、さっきコンビニで買った卵をゆでさせてもらった。正真正銘の温泉卵。ゆであがった卵は、塩なんてつけなくても、ちょうどよい味加減。めっちゃうまい!!
 

地獄谷をあとにして、鳴子温泉の「早稲田桟敷湯」でひと風呂あびる。

地球の底から湧き出したエネルギーに全身を浸ける快楽。大げさに聞こえるかもしれないが、温泉に入るということは、地球という生命体との肉体的な結合・合体行為なのかもしれないと、感じた。

日も暮れた午後6時ごろ、ようやく本日の終着点「旅館大沼」に到着。
早速、作務衣を着こなした湯守の大沼さんが出迎えてくださった。

湯治場では、旅館の主人を「湯守(ゆもり)」と呼ぶそうだ。単なる観光宿ではなく、客人の心身を癒す湯治の湯を、妥協なく、いつまでも提供し続けるという責任を肩に背負った、すばらしい呼び名だと思う。

部屋に荷物を置き、旅館の送迎用ワゴンに乗り込んで、早速、山道を少し登った山荘風の離れにある、旅館大沼ご自慢の露天風呂をいただいた。

満天の星空のもと、里山に抱かれた露天風呂で、裸になって大地と融合する。
至福のひと時。

露天風呂を出て、ふたたびワゴンで宿に戻ると、細やかな心遣いと工夫が感じられる夕食が用意されていた。大場陽子さんが作曲した音楽を聞かせて醸されたといううわさの地酒「天音」も、特別にいただくことができた。(大場さんについては明日の記事で詳説します)
 
ところで。
なんとなんと、偶然にもこの日、この旅館大沼に、あの田中邦衛さんが宿泊されていたんです!! わずかな時間差で同じ風呂に浸かり、同じ建物に泊まっておられると思っただけで、なんだかワクワク。大沼さんも、VIPの来館とあって少しお忙しそう。

実は、今日の昼間、仙台で『田中邦衛氏と語る午後の茶話会』という講演会があり、そのあとこちらへ来られたらしい。

ちなみに、その講演会の内容はというと…
「地方でさかんに映画が撮影される昨今ですが、映画は地域で生きる私たちに、どんな宝物をもたらすのでしょうか?
日本の映画界を代表する俳優田中邦衛氏に映画をめぐる楽しいお話をうかがいます。
お相手は地域で映画作りに造詣の深い荒井幸博さん。
名優のトークで心豊かな午後のひとときを。」
イベント案内ホームページより引用

~映画は地域で生きる私たちに、どんな宝物をもたらすのでしょうか?~

私も、齋藤さんも、AAFでまさにそのテーマに取り組んでいるわけで。
偶然というには、できすぎたシチュエーション。
これはもう、ご本人と一晩語り明かすしかない!…と思ったのですが、マネージャーさんのガードが固く、さすがにそれは実現叶わず。

それでも、大の邦衛ファンというS氏は果敢に握手を挑んでました♪

…さてさて。
邦衛さんが部屋に入られてようやく一段落した湯守・大沼さんに呼ばれて、大沼さんを含む4人で応接室へ。そこで大沼さんがすかさず出してきたのは、地酒「雪渡り」。

 「鳴子の米と水と人の手で、本当の地酒をつくりたい」という地元の方の念願が実現してできた曰くつきの一品らしい。
その人の思いは、どこか「權座」と重なる。

酒も入ってますます口のすべりもよくなり、ここから、怒涛の大沼ワールドに突入!?

(次の記事へ続く)
[ 21:09 ] [ アサヒアートフェスティバル ]
一夜明けた、いわき市内のホテル。

今日は、AAFでは「GOTEN GOTEN アート湯治祭」でおなじみの東鳴子で、これまたAAF地域間交流で昨年近江八幡に来てくれた齋藤さんとお昼に待ち合わせをしている。「湯治」というのは私にとっても未体験の文化。前々から行きたかったのが、ついに実現した。
いわき市のある福島県と東鳴子のある宮城県とは隣同士なので楽観していたが、調べてみると、いわき駅を7時半に出る特急に乗らないと、お昼には間に合わないことがわかった。

早めの朝食をとり、身支度を整える。
なんだかんだしているうちに、時計を見ると、もう7時をかなり回っている。

急いでホテルをチェックアウト。駅までは徒歩10分ぐらい。スーツケースをコロコロ引きながら早足でいわき駅に到着。ここで素直にメイン階段を上っていればよかったのだが、荷物があるからエレベーターで改札へ向かおうと思ったのが失敗。駅の1階はどこもかしこも工事中で、探し回ったが結局エレベーターは見つからず、引き返して階段を上って改札へ。切符売り場に着いたときには、タッチの差で目当ての「スーパーひたち」はホームを出て行ってしまった。

仕方がないので、齋藤さんに携帯で1時間遅れることを伝え、原ノ町経由で仙台まで在来線に乗った。
原ノ町駅のホームでは、約25分の待ち合わせ。
天気はいいが、強風が吹きつける。ほどなく、急に鼻と目がムズムズ。花粉のせいか、昨日の三凾座のホコリのせいか、くしゃみ・鼻水・涙が止まらない!

そのままではちょっと温泉を楽しむ気分になれそうにないので、仙台駅で途中下車して、鼻炎薬と目薬を買うことにした。

仙台駅を降り立つと、巨大な空中回廊(歩道橋)と、立ち並ぶビル群が目に入った。正面にあるロフトのビルには、CMの映像が流れる巨大モニタがある(右の写真)。

初めて訪れた仙台駅前の様子は、まるでリトルトーキョーだな、と思った。

ほどなく、ビルの合間にマツモトキヨシの看板を発見。無事にクスリを買い、早速服用して駅に戻り、今度は古川駅まで新幹線に飛び乗った。東北新幹線に乗るのも、たぶんこれが初めてだ。

新幹線は雪の残る野山を駆け抜けて、すぐに古川駅に到着。
そこで、面白いものを見つけた(右の写真)。

う~ん、滋賀県随一のゆるキャラ「ひこにゃん」と、どことなく雰囲気が…。

古川駅からは、陸羽東線というローカル線に乗り換える。通称「奥の細道湯けむりライン」とも呼ばれる、いかにもローカル線らしいかわいい電車。

子どもの遠足気分で、スナック菓子を買い、ワクワクして窓際の席を陣取った。
とんでもない峡谷の絶景を勝手に想像していたが、窓から見えるのは、のどかな田園風景ばかり。いよいよ、湯治の郷・東鳴子が近づいてくる。
 
鳴子御殿湯駅。

住民とJRとでデザインを何度も話し合って改築されたというだけあって、ここの駅舎はなんともすばらしい。

古すぎず、モダンすぎず、とにかく小気味よい。
待合室には畳まである。

「コミュニティカフェ」と言って、世代を超えていろんな人が溜まってコミュニケーションできる「居場所」「井戸端」をつくることがまちづくりの手法として流行っているが、ここでは、この駅がその役目を果たしているのではないか。

ここでコンサートをしたくなる気持ちがわかる気がする。


…さて、この駅舎で、予定通り、齋藤氏と、彼に同行してきたS氏に合流できた。ここからは、齋藤氏の車とナビゲートで、旅は進む。

(次の記事へ続く)

2010/03/12のBlog
[ 23:47 ] [ アサヒアートフェスティバル ]
午後7時。ぽつぽつと10人ぐらいの方が集まってきて、ほぼ定刻どおり、
Alios plants! × 映研
「いわき映画祭への道」
その2「地域映画を作った市民プロデューサーの話を聴いてみる」

が始まった。

(以下、アリオスHPから引用)
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アリオスや公園、街をつなぐ活動など、常識にとらわれないさまざまな活動の種について、自由に話し合う企画会議「アリオス・プランツ」からうまれた活動「いわき映画映像研究部」略して「映研」。

湯本「三函座」の清掃活動や、定期的な会議を続ける中、仲間も増えて来年2月の開催を目指す「映画祭」も現実味を帯びてきました。そんな中で、地域での映画映像づくりについて、まずはアーティストや地域映画づくりの先輩の話を聴いてみようというのが、今回の企画です。
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先ほど見学したあの「三凾座」(右の写真:再掲)で清掃活動をしているメンバーも、目の前の受講者さんの中にいらっしゃるのだろうと思うと、少し親近感を感じる。

まずは、私のほうから、近江八幡での「映像で地域を元気にする」プロジェクト事例をいくつかご紹介した。

●農村再生ドキュメンタリー映画「ほんがら」

●子ども映画づくりワークショップ「タイムカプセル・アドベンチャー」

●市民参加型ドキュメンタリー映画づくり企画「遺言YUI-GON」

そして、地域で映像づくりをするにあたって大事だと思われることを総括し、約1時間のトークを終了。

その後、会場の皆さんからご質問を受け、分かる範囲でお答えさせていただいた。
あっという間に予定の2時間が終わる。

…あ!
作品DVDのデモ映像をお見せするのを忘れてた!! 
せっかく音響設備も準備していただいていたのに、申し訳ありませんm(__)m
 
受講していただいた皆さんへのアンケート結果を拝見。

「映研」というぐらいだから、「とにかく映画好き!」な方ばかりかと思っていたが、「映像で地域をよくしたい」「映画でまちづくりをしたい」と考えておられる方が意外に多くてびっくりしたと同時に、私の話が少しはお役に立てたようでホッとした。


ちなみに、映画「ほんがら」の制作プロセスから、完成・上映後の地域の変化までを詳細に記した本「ほんがら松明復活-近江八幡市島町・自立した農村社会への実践 (シリーズ近江文庫)」(右の写真)が、最近出版されている。「映画によるまちづくり」に興味のある方、ぜひご一読を。


終了後、若い受講者の1人とスタッフとで夜の街に繰り出し、遅めの夕食をとった。

いわき市の魚「メヒカリ」や、いわき名物「あんこう鍋」をはじめていただく。
地元の旬のものを地元でいただく。やはり、これが一番の贅沢。ごちそうさまでした!!


ひとしきり話も弾み、日付も変わろうかという頃、今日一日ガイドをしてくれた森さんと別れ、ホテルに戻って寝る。

…いやはや、それにしても長い一日だったなぁ。
そういや、昨夜は徹夜したんだったっけ。
明日からも、充実の日々が待ち構えているに違いない。
おやすみなさい!!

(次の記事へ続く)
[ 22:35 ] [ アサヒアートフェスティバル ]
ちょうどアリオスを起点に周辺地域全体で現在開催中の、
 アリオス・プランツ! meets KOSUGE1-16
 コロコロまち双六 ~じゃんがら自転車プロジェクト~

に参加することにした。
実は、このプロジェクトも、AAFのネットワークが活かされている。これについて詳しくはのちほど…。


さて、このイベントに参加するには、まず、アリオスで「じゃんがら自転車」をレンタルする。受付でレンタルの申し込みをすると、右の写真のようなセットを渡される。

マップ、サイコロ、サイの目と地域の身近なスポットを描いたイラストと指令文が書かれたたくさんのカード、自転車の鍵、注意書き、トラウザーバンド(ズボンのすそのチェーン巻き込み防止のためのグッズ)、これらを収納する透明のケース。

これらを使って何をするかと言うと…

「じゃんがら自転車」に乗ってまちに繰り出し、サイコロを振って、出た目のカードと対応する場所をマップで探してそこにたどり着く。カードによっては、その場所でしなければならないミッションが書かれている。そして、またそこでサイコロを振って次の目的地を決める。

―はやい話が、自分をコマにしたまち歩きすごろくゲームなのだ。

カードには、この企画をてがけたkosuge1-16さんたちが実際にまちを巡って感じた、まちのミクロな魅力が満載!!
ところで、「じゃんがら自転車」とは何か。

一見、どこにでもあるママチャリなのですが、後部の荷台に何やら取り付けられております(右の写真)。

自転車が走ると、この缶がリズミカルに音楽を奏でるシカケ。

「じゃんがら」とは、「じゃんがら念仏踊り」とも言い、このいわき市に伝わる郷土芸能で、地元の青年会が継承し、鉦、太鼓を打ち鳴らしながら新盆を迎えた家を供養して回る踊念仏の一種。いわき市無形民俗文化財。(Wikipediaより)

この自転車後部のシカケが奏でるリズムが、地元郷土芸能の「じゃんがら」を模したものだという。実は、小名浜へ海の幸を食べに行く道中、車の中でホンモノの「じゃんがら」のCDをずっと聞かせてもらっていたので、どれだけ巧妙なリズムを奏でてくれるか、かなり期待しつつ、早速自転車に乗ってみた。

で、実際に走っている映像がコチラ

あちこちに苦労の跡が見える、なかなか巧妙なシカケではありますが、これが「じゃんがら」のリズムだとは、言われないと気づかないかも…(^^ゞ

道々すれ違う人々は、みんな、どこから音が聞こえてくるのかとびっくりしてこっちを振り向き、変なシカケを搭載したママチャリ軍団を、奇異なまなざしで見つめるばかり。

ならばいっそ、「アリオスプランツ!コロコロまち双六~じゃんがら自転車プロジェクト~」とでもでっかく書いたのぼりか何かを自転車にくっつけて走る方が、道行く人もこちらが何者か分かって興味も抱くだろうし、乗ってる本人も変人扱いされずに済むし、プロジェクトのPR効果も抜群で一石三鳥なのになぁ…、と思いながら、3人でまちなかを快走!!

道中、森さんにいろいろ見どころを案内をしてもらいながら、めざすは袋中上人が待つ菩提院!!

整備された新しい道から裏路地へ、さらに山手の閑静な住宅地へとじゃんがら自転車は進み、線路を越え、上り坂をのぼって、菩提院というお寺の山門に到着。

いわきの「じゃんがら」は、この地の出身である袋中上人が中国に渡ろうとして漂着した沖縄の民衆に、浄土宗とともに伝えられ、それが沖縄の「エイサー」の起源である、と言われているらしい。

そこで、このお寺の中に設置されたのが、AAFでもおなじみの沖縄の芸術集団・スタジオ解放区の林さんがいわきを訪れ、このお寺に鎮座する袋中上人の像に本場のエイサーの映像を見せる、という、とても興味深いアート作品を作ったのだ。

エイサーの映像は、上人像の後ろに張られた不織布のような布に裏からプロジェクタで投影され、なんとも幻想的な雰囲気。袋中上人も、にわかに脚光をあび、自分がつないだいわきと沖縄の縁がこのような形で現代に至るまでつながっていたことを知ってさぞかし喜んでおられることだろう。

そして、このお寺の奥さんがとても気さくな方で、このようなイベントを面白がって快く受け入れてくださっているのがよく分かり、それがとても印象的だった。

夕闇迫る菩提院をあとにして、じゃんがら自転車3人衆は坂を下り、まちなかへ戻っていく。そして、一軒の雑居ビルの前で自転車を停め、狭い階段をあがると、空き部屋の床一面に分解された自転車のパーツが迷路のように並べられていた。これ自体が「双六」になっているのだ。

早速、3人でサイコロを振って双六に興じる。
結果は私の優勝!! 客人に華をもたせてくださったか?!

すっかり真っ暗になったまちに、異様に甲高い音が響くじゃんがら自転車で再び繰り出し、一路アリオスへ。
音が鳴る自転車、双六でまちあるき、行った先での展示やゲームや…。

この企画、大人よりも子どものほうが絶対楽しめるんじゃないか、と率直に思った。

地元の子どもが自分たちの地域を知る、地域を知りながらさりげなくアートに触れる、そんな機会を提供できる企画として、小規模でいいので、一回限りではなく、今後も継続して毎年続けてほしいな、と思った。

あるいは、「コロコロまち双六セット」をアリオスのオリジナルグッズとして販売するのもアリかも?!


…なんて感慨にふけっているうちに、いよいよ本日のメインイベント「Alios Plants! × 映研 : いわき映画祭への道」がはじまった。

(次の記事へ)

ひょんなことから、3泊4日の東北旅行が実現!!
AAFネットワークをフルに活かした、中身の濃~い4日間になりました。

その現場で感じたことを、ここに書きとめておきたいと思います。
 
 
 
【第1日目: 2010年3月12日(金)】

4日間も仕事場を空けるとなると、やっつけておかねばならぬことが次から次へと出てきて、結局徹夜で仕事を何とか済ませ、その足で朝の5時半に近江八幡駅へ。

いきなり予定の電車に1本乗り遅れてしまったが、大阪伊丹空港発、福島空港行きの飛行機に何とかギリギリ搭乗できた。ネットで予約した飛行機の格安チケットだったが、携帯電話で2次元バーコードを取得し、チェックイン不要ですばやく搭乗できたのが功を奏した。

飛行機の中でしっかり睡眠をとるつもりだったが、眼下に広がる景色に目を奪われる。

はじめて上空から巨大な琵琶湖がくっきりと見えた。Google Earthのツギハギ衛星画像とは、やはり美しさも迫力もぜんぜん違う。地球と、地上に住む我々との間をとりもつかのように、大地に広々と横たわる、どこまでも碧いMother Lake。

ほどなく、今度は延々と広がる白い雲の絨毯からすっぽりと鋭利な頭を突き出し、陽の光を浴びて輝いている富士山が、これまたくっきり見えた。この山も、地球内部のはるかなるエネルギーを地上に放出するエネルギースポットに間違いない。

…日本一の山と日本一の湖のあまりに美しい姿に心を満たされたまま、まだあちこちに残雪が積もる福島空港(右の写真)に定刻通り無事着陸し、ほぼ貸切状態(大型バスなのに、乗客は私を含めて2人だけ…)のリムジンバスに揺られて、いわき市へと向かう。

バスがいわき駅前の大通りに着き、下車するとすぐ、いわき芸術文化交流館アリオスの森さんが出迎えてくれた。P3の伊藤さんも電車で合流し、3人で森さんの車に乗って、まずは腹ごしらえをすることに。

なんだか場違いなヤシ並木(いわきは東北のハワイと言われているらしい)の広い道をひた走り、車は小名浜の漁港付近に到着。同じく水産業がさかんな福井県の小浜市はオバマ効果でずいぶん盛り上がっているが、一字違いのここ「小名浜」は、一見とてものどかだ。

店の前にイカがズラリと干されている食事処「うろこいち」の暖簾をくぐる。森さんは、どうやらいつもここに客人を連れてくるらしい。1階は海産物直売所で、2階が食堂になっている。店長の趣味か、店内にはゴージャスなカラオケセットが、本棚には往年の名曲ビデオがズラリ。予想通り、お品書きには迫力満点の海鮮丼や刺身定食の写真が並んでいる。

私も、実家の島根(松江市八雲町)に友人を招待するときは、たいてい境港の漁師が経営するマニアックな海鮮料理屋に連れて行くことがあるが、そこと実によく似た雰囲気だ。

キンキカレイという魚が、ここでは有名だというので、それの焼いたのと、海鮮丼を注文した。ちなみに、この店では、焼き魚は、焼くのにとても時間がかかる(その分、味も焼き加減も申し分ない)。そして、何といってもこの店のスゴイのは、お刺身定食をオーダーすると、マグロの刺身がタダでおかわりできてしまう。ごはんやキャベツやみそ汁のおかわり自由はよく聞くが、マグロのおかわりというのは…。

地元の海の幸で腹いっぱいになったところで、アリオスのあるいわきの中心市街地へ向かう帰り道すがら、湯本という場所に立ち寄った。

ここは、名前の通りの温泉街。
とはいえ、華やかな印象ではなく、一見、生活文化の香りがする落ち着いた雰囲気。
味のあるガイドマップを見つけた↓
http://www.iwakiyumoto.or.jp/osanpo.pdf

で、ここが中心になって、ウワサの「いわきフラオンパク」が毎年開催されているらしい。
http://iwakihula.onpaku.com/

常盤支所の駐車場に車を停め、森さんに案内してもらう。

すぐそこにあった「温泉神社」の鳥居の脇には、温泉が湧き出る岩のモニュメント(?)があり、ここが温泉の街であることをいやおうなしに印象付けさせられる。

道中、骨董品屋さんで素敵な手ぬぐいを見つけたり、ファンキーな衣装を着こなす旅館の主と出くわしたりしながら、ひょいと狭い路地に入り、奥へと進むと…突如、「三凾座(みはこざ)」という看板を掲げた古めかしい劇場風のファサードに出くわした。

こんなにすばらしい建物が、こんな路地裏の誰も来ないようなところに建っているなんて…まさしく「未発掘の地域資源」ということばがふさわしい。

ここは、かつて劇場や映画館として使われていたが、客が減って閉鎖されてしまった。
今では、登録有形文化財に指定されているものの、安全上の問題で公のイベント等では使うことができないとか…。巨大木造建築で技術的にもコスト的にも修繕が難しく、あと一歩で解体されようとしていたところを、何とか思いとどまってもらっているという。
解体されずに残せたのは、「お掃除」が決め手だったとか。
有志がボランティアで中をきれいに掃除するから、という約束で、今もちょっとずつきれいにしていっているらしい。

近所に住む所有者さんに鍵をお借りして、中を見せていただいた。
ステージには大きな銀幕が張られ、観客席にはまばらに椅子が置いてある。
長い歴史の重みを感じずにはいられない、すばらしい空間だ。
ここを拠点に、上映会でも展示会でもワークショップでも、何でもできそうだ。
ここを舞台にした物語を創作して劇映画を撮影するのも面白そう。
うまくやれば、この温泉街に客を呼ぶ付加価値としておおいに活用できるのではないか。
…という具合で、ここは、まさしくインスピレーションの泉である。

さて、名残を惜しみながら三凾座を後にし、車に戻ったまではよかったが、ここでひとつ問題発生。三凾座内部で埃が積もった舞台裏や二階席を面白がってずいぶん歩き回ったものだから、そのホコリをたくさん吸い込み、持病の鼻炎(花粉症)の琴線を引いてしまったらしい。この日の夜から、止まらないくしゃみと鼻水に悩まされるハメに…
 
車は、いわきの中心地に向かってひた走る。

道中、大通り沿いに張り出した岩に空いた巨大な穴を発見。
いわきはかつて炭鉱として栄えたまちだが、その遺構とも思えない。リアス式海岸の絶壁でよく見るような類の穴。昔はここが海岸だったのか?!同じ岩にお地蔵様が彫られているところを見ると、地元の方にとっては何らかの信仰の対象だったのかもしれない。ほかにも、炭鉱を掘った土が積み上げられてできた山があるとか、UFO岩なるものがあるとか、そういう隠れたお宝が、やはりどこの地域にもたくさんあるんだな、と改めて感じた。

…それにしても、いわき市は広い。とてつもなく広い。どこまで行ってもいわき市内である。

ようやく、市街地に戻ってきた。
とりあえず、荷物を置きに、予約していただいていたワシントンホテル椿山荘にチェックイン。このホテルの建物には、生涯学習プラザなどが同居しているようだ。一階の角っこにある宝くじ売場はよく当たるので有名らしい。この建物を含め、いわき駅周辺は再開発が進められており、駅前は今も工事中である。この工事が、翌朝私を苦しめることになろうとは…。

ホテルに荷物を置いて、いよいよ本日メインの目的地である「いわき芸術文化交流館アリオス」に到着。目の前に広々とした芝生の公園があり、かなり巨大な建物なのだが、不思議と景観になじんでいて、必要以上に自己主張していない。

正面ゲートから入って突き当たりのところにあるガラス張りの部屋(右の写真)が、今夜開催されるAlios Plants!の会場。ここで、私が映画による地域づくりの事例をお話しすることになっている。今回この旅を実現できたのは、アリオスの森さんがこの企画のために私を呼んでくださったから。

時間は午後4時を回ったぐらい。
Alios Plants!までは、まだかなり時間がある。
そこで…

(次の記事へ)
2010/03/10のBlog
[ 20:09 ] [ 遺言 ]
おそろいの蛍光色のキャップとパーカーを来て、子ども達の下校路に立って毎日その安全を見守っている「西本郷町見守り隊」の皆さんの活動の様子を撮影しました。

普通、見守りボランティアさんといえば、小学生の保護者の両親世代すなわち定年直後の老人と言うにはまだまだ若い元気な世代が中心、という印象がありますが、ここの場合、老人会が主体というだけあって、失礼ながら、70代~80代の見るからにご老体の面々が主力でがんばっておられます。

沿道で乳母車に腰掛けて、文字通り「見守る」だけのおばあちゃんたち。
下校する子ども達よりも、交差点で旗を持って果敢にクルマや子ども達を誘導するおじいちゃんの方が車にひかれやしないか、コケてけがしやしないかと見ていてハラハラしてしまったり。

でも、そうして表に出て、仲間や子ども達と顔を合わせることこそが、きっと彼らの元気の秘訣。そんな様子が垣間見えた日でした。
2010/01/26のBlog
近江八幡界隈ではもっとも早くから、もっとも精力的に小学校の登下校の見守りボランティア活動を展開されている西本郷町の老人会の皆さんを遺言プロジェクトとして撮影することになりました。

単なる活動記録ではなく、エンターテインメントとしての映画作品をめざしているということ、皆さんひとりひとりに意識的に役者になった気分ではりきってもらいたいということ、2・3回の撮影で終わるのではなく暑い日も寒い日も何回も通って時間をかけて撮影していくということを皆さんにご理解いただくため、老人会の寄り合いにお邪魔させていただき、少し時間を作っていただいて、資料をお配りし、ご挨拶と趣旨説明をさせていただきました。老人会長さん、自治会長さんが盛り立て下さり、「みんなで俳優になったつもりでがんばろう!」とハッパをかけていただきました。

これから、ちょくちょく下校時間に「見守り隊」の活動を撮影しに行くことになります。

2010/01/16のBlog
[ 22:43 ] [ 遺言 ]
マルチメディアセンターで定例会をしました。

「長光寺のお豆さん」では、映像に物語をのせるというアイディアがかなり難航しています。
地元出身のシンガーソングライター蜂谷清香さんに詞をお願いし、それを映像とあわせてみるのですが、どうもしっくりこないようで。
このくだりは、もうちょっと試行錯誤が必要そうです。

水郷のOおじいちゃんの映像は、スタッフのKさんの努力で、ほぼ編集がまとまってきました。
「琵琶湖は、もう死んでるねぇ。」という、ちょっとショッキングなOさんの言葉が主題になりそうです。