青空に飛ぶ 鴻上尚史より その4

・『陸軍特別攻撃隊』をとうとう読み終わった。
これが友次さんの人生なんだ。
こうやって、友次さんは生き延びて札幌の病院にいる。
ぼくの人生はどうなるんだろう

体調はどうですか、寒くなってきましたねと、しばらく会話した後、
ぼくは当別村に帰ったきた時、「父親はどうだったんですか?」と聞いた
『陸軍特別攻撃隊』には、母親の反応しか書かれていなかったからだ。
「そりゃあ、その当時、親父はまだ60歳を過ぎたばかりで元気だったからさ。
世間体が悪いって、ろくすっぽ顔を合わせなかったべさ」
「よく帰ってきたって言葉はなかったんですか?」
「それはなかったさ」
「周りの人達はどうだったんですか?生きて帰ってきた友次さんに対して」
ぼくは1番聞きたいことを聞いた。
『陸軍特別攻撃隊』ではさらりと「しばらくの間は肩身の狭い思いをしていた」
と書かれているだけだった。
でも、そんなことはないとぼくは思った。
2度も盛大な葬式を出し、軍神の家に通い、ニュース映画に熱狂し、
作文まで書いた人たちが、生きて帰ってきた友次さんを
簡単に受け入れたんだろうか。
友次さんは、しばらく黙った。
「村の人たちの反応はどうだったんですか?」ぼくはもう1回聞いた。
「それは冷たかったさ」友次さんはしみじみと言った。
「生きて帰ってきたからね。妬みもあったしね」
「でも友次さんは耐えたんですね?」
「耐えたべさ」友次さんは噛みしめるように言った。
友次さんは、猿渡参謀長の言葉に抵抗し、特攻の緊張に歯を食いしばり、
そして故郷の冷たい目にも耐えた。
戦場はフィリピンだけじゃなかった。
違う種類の戦いが故郷でも待っていた
学校というジャングルを抜けても、戦いは続くんだ。
友次さんは、だんだん特攻の話をしなくなったのは、いたずらに世間を
刺激しないようにと思ったからだと続けた。
生きて帰れたことを喜び騒がない方が世間に申し訳がたつからと。
「じゃあ、友次さんが、ぼくに特攻の話をおおごとにしたくないって言ったのは、
今も世間の目を気にしているからですか?」
ぼくは思いきって聞いた。
『陸軍特別攻撃隊』を書いた作家のインタビューには答えられなくても、
この小さな病室で中学生のぼくになら、本当のことを言ってくれると思ったからだ。
「それもあるけど、1番は、死んだ奴らに申し訳ないと思うからさ。
死んだ奴らが1番かわいそうだべよ」
見えない目で何かを見るように友次さんは正面を向いたまま言った。
死んだ奴ら。
ぼくは松田のことをどれぐらい思っていただろう。
雨の日に飛んだ松田のことを。
ぼくをすがるような目で見ていた松田のことを。
ぼくに話しかけ、ぼくが答えると本当にうれしそうな顔を見せた松田のことを。
ぼくの隣に浅井がいることを知ると、笑顔が一瞬で無表情になった松田のことを。
「ここから飛び降りて死んでやる!」と叫んで笑われた松田のことを。
ぼくは心の底から松田に申し訳ないと思ったことがあるんだろうか。
松田がかわいそうとどれぐらい思っていたんだろうか。
松田の地獄を本当に考えたことがあったんだろうか。
松田が雨の日に飛んだ時、その知らせを聞いて喜ぶクラスメイトに対して、
ぼくは本当に怒っていたんだろうか。
たった1人ででも「笑うお前たちはおかしい!」とどうして叫べなかったんだろうか。
涙が溢れてきた。
ジャングルで死んだ「戦友」に申し訳なくて大声を出しそうになった。
でも、ここは泣く場所じゃないと必死で歯を食いしばった。
友次さんは目を閉じたまま、じっと正面を向いていた。
死んだ奴らのことを考えているのだろうか。
友次さんの強さの秘密を知りたいと思った。でも、もういい。
寿命は自分で決めるもんじゃないと教えてもらっただけで充分なんだ。
「ありがとうございました。また来ます」と大きな声で言ってお辞儀をした。
友次さんは、ただ黙ってうなづいた。