さくらびレポート209:理想的な美術の授業とは

理想的な美術の授業とは?

その1
「限りなく遊びに近い授業」

遊びであるからこそ、人間は本気になり、没頭する。遊びは能動的であり、ルールや道具、場、など自分たちで主体的に創造する。

理想的な美術の授業とは?

その2
「美術とか、創るとかいう言葉を一切使わないけど創造する授業」

創るよーとか、絵を絵の具で書くよーと言った瞬間に創造的ではなくなる。つまり、授業の名前が「美術」ってついているだけでほぼ勝負アリ。

それは、その理想の先のもっと、先に・・・・・・

「自由」があるからなのです。

美術の制作中に感じる「なにか物足りないなー」「なにか違うなー」という魂の感じは、最初は絵の具が足りないとか、構図がおかしいとか、その程度のことなのに、

そのセンスやアンテナが、実は、体で「自由」を欲する魂へと成長するのです。

魂が「自由」にものたりなさや、何かが違うなーと感じる感性を持っていたら、人間はより良い社会を真の「自由」、魂の「自由」を実現する社会として作っていこうとするでしょう。だから、美術の授業では、うわべだけの楽しさではなく、ものたりなさをみつけて、もっと良くしようとか、もっと面白くしようという楽しさを十分味わってほしい。

教育は、そのくらい永く、深くありたいものです。これから大人になる中学生は特に、真の自由を目指してもらいたいですね。