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とがびアート・プロジェクト
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2006/03/27のBlog
[ 08:30 ] [ 中平先生の美術教育 ]
中平です。「光の美術館」の生徒作品を紹介します。
これは先日も書いたとおり平成15年度選択美術3学年の作品を長野市の「もんぜんプラ座」に展示したものです。表現方法やテーマなど全て自由に制作した作品群を展示しました。
最初の作品は、ゼリーを主材料とした作品です。実際に食べることも出来ます。二週間展示していく間に腐ってきてしまいましたが、食べ物を表現材料に使った生徒作品は初めてでしたので、多くの鑑賞者の方々も驚いていました。
次の作品は、演劇部の衝立などを使い小部屋にした作品です。扉を開けて中に入ると机と椅子があり、ノートが置いてあります。「このお話の次を描いていってください」というメッセージが記されており、鑑賞者は、今までのいろいろな人が記していった絵によるストーリーの続きを描きます。いわゆる参加型の作品で、作品を鑑賞者が作り出す魅力のある作品でした。
最後は、石膏で作ったライオンの彫刻です。この作者は、とにかく大きな立体彫刻作品を作りたくてこの講座を取り、夏休み中何回も登校して完成させました。母親も制作に参加していたことが印象に残っ
ています。
以上のように、多くの方々が見る場所に展示するという緊張感と期待感だけで、多種多様な作品が出現したことは本当に驚いています。しかし、実は、生徒がここまで意欲的になったことは、それだけではないと思います。そこへの要因として、二つ考えています。一つは、前年度選択美術で「暗闇美術館」というまとめの発表を行い、それにより表現の幅が広がった生徒が、この講座を選択したこと。それから、必修授業の美術の中で、私自身が「Nスパイラル」という3年間の授業内容を工夫し、その題材配列により1年生の時から学んでいた3年生であったことがあると思います。この必修授業で行った「Nスパイラル」については、また改めて説明いたします。
2006/03/24のBlog
[ 23:33 ] [ 中平先生の美術教育 ]
中平です。
今日はまず、昨日もすこしふれましたが、とがびプロジェクトの発想の原点となった平成15年(2003年)10月長野市「もんぜんぷら座」市民ギャラリーで二週間にわたって行った「光の美術館」をご紹介します。
この展示により、生徒作品を不特定多数の方々に見ていただくことが、生徒の表現意欲を高め、また多くの一般の方々に歓迎されるということに気づかされました。生徒は、自分の作品と、鑑賞者による感想を読みたいがために、はるばる戸倉駅から電車で朝一番に会場へ足を運んでいました(※戸倉上山田中のある千曲市から「もんぜんプラ座」のある長野市までは「しなの鉄道」で30分ほど電車に乗り、長野駅から歩いて15分ほどかかる行程です)。
一般の方々は中学生の作品群を驚きの眼で鑑賞し、一つ一つの作品に丁寧に感想を書いてくださいました。写真は、会場の様子です。
また、この講座の特徴は、外部のプロのアーティストに学校に来ていただき、その表現を生徒に見せるということがありました。二番目の写真は、教室にドイツのパフォーマンス・アーティストであるボリス・ニーズロニー氏をおまねきし、そのパフォーマンスを鑑賞しているところです。
最後の写真は、長野市で活躍するグラフィティー・アーティストのロボ氏をお呼びし、校内にある中庭での作品制作を鑑賞しているところです。
両者の鑑賞に生徒は強烈なインパクトを受け、翌年はじめて行うことになった「とがび」には、多くの生徒が受講を希望することになりました。生徒にとっても、私自身にとっても、平成15年度の経験は「とがび」実施への自信になりました。また、学校側のやる気次第で、多くの作家や一般の方々が協力していただけるという確信も持つことができたのです。
2006/03/22のBlog
[ 00:23 ] [ 中平先生の美術教育 ]
中平です。
今、学校は春休みに入り、職員は新年度準備を行っています。そんな中、長野市内の2つの中学校で、当然来年度も存在するだろうと思っていた選択美術の授業がなくなってしまうという情報が入りました。
確認すると、確かにその2つの中学校では、来年度の選択授業に美術は含まれないことが決定したそうです。原因は、生徒数と教員数の関係から、必修授業をめいっぱいもった美術の先生が、担当クラス数超過になってしまい、選択美術を削らなくてはならなくなったためだそうです。
いろいろな事情があることはわかりますが、いわゆる五教科の教員数は、習熟度別授業や少人数授業の充実により増えているのですが、美術教師は決して増えることはありません。先日も将来美術教育が消えるのではないかという危惧を書きましたが、静かにそして確実に、エピローグが始まっていることに危機感を強めます。私自身も、いつそういう場面に直面するとも限りません。
美術教師は、もはや必修授業で他の教科と同じ事をやっているだけではだめなのです。当然、通常の常識的な仕事は確実に行い、それプラス美術教育のすばらしさをアピールする仕事が必要になっているのです。選択授業の美術は、いろいろ可能性を含んでいる大切な時間です。
写真は、平成15年度3学年選択美術の生徒作品を、長野市にある「もんぜんぷら座」という場所に展示した「光の美術館」の様子です。こうした外へ出て行く美術の授業は、必修授業よりも選択美術の方が融通が効きます。我々美術教師や美術教育に携わる人間は、この現実をしっかり受け止めていかなければなりません。
2006/03/15のBlog
[ 00:51 ] [ 中平先生の美術教育 ]
中平です。
昨日3月14日は、2学年選択美術「五感でアート」最後の授業でした。先月長野県信濃美術館で行われた「夜のやねうら美術館」に、本校戸倉上山田中の生徒作品の展示と一緒にギャラリーで上映された長野市立犀陵中学校の生徒によるアニメ作品を鑑賞しました。
作品は「空想の箱」という題名で、白黒作品です。丁寧に絵が描かれており、素晴らしい音楽も付けられていました。鑑賞した生徒の感想には、「同じ中学生とは思えない」「ものすごく時間かかったと思うけど、丁寧に作っていてすごい」と驚きと感動の言葉が書かれていました。この感想用紙は、全て犀陵中学校へ送り、作者に届けられます。
中学生同士の交流ができました。
2006/03/14のBlog
[ 00:47 ] [ 中平先生の美術教育 ]
中平です。今日は、学校での美術教育と外部機関(美術館、作家など)との連携による授業実践について書いてみたいと思います。
現行の学習指導要領から、学校教育と地域との連携に重点がおかれるようになり、美術教育でも地域との連携、特に美術館などと協力して授業を充実させるようにという指示が出されています。次の指導要領では更に強調されるそうです。
しかし、現場では連携が進んでいるかというと、そうなってはいません。実際はまだ進行途中と言った感じで、「連携」という言葉に違和感を感じる先生方もおられるようです。
先日のブログでも書きましたが、授業数削減により、連携していかなければ教師一人ではどうにもならない時代になっているのは事実です。広く社会的に見ると、美術教育は学校の教師だけが行うものではありません。様々な公的な施設や教育者の方々が協力して行うものです。その中でも、学校でしかできないことがあるはずです。
美術教育は、本物を見ながら行うことで、その威力を倍増させるはずですし、そうでなければ本来は美術教育と言えないのではないでしょうか。私は、自分を他との連携なしで美術教育ができるスーパー教師などと思っていませんし、逆に多くの方々に協力していただかないとなにもできないと無力感すら感じています。美術教育では他と連携するのは当然のことであるという立場で教育実践を進めていきたいと思いますし、作家や美術関係者の方々の協力を切にお願いしたいと思っております。
写真は、上が長野県信濃美術館・副館長さんと交渉する生徒、下は千曲市総合観光協会の方々と交渉する生徒です。
2006/03/11のBlog
[ 09:54 ] [ 中平先生の美術教育 ]
中平です。先日、美術教育への興味を持ってくださっている方から書き込みがあり、大変嬉しく感じました。将来なくなってしまうかもしれないと言われる弱小教科ですので、こうやっていろいろな方に、まずは興味を持っていただくことが大事だと感じています。
今日は、日頃感じている中学校美術教育のこれからについて書いてみたいと思います。

将来、中学校で美術教育がなくなってしまうのか? そもそもなぜ美術教育が必要ないという議論になっているのかというと、美術は特別な人達、興味のある人達だけのものなので、公教育として生徒全員に行う必要はない、将来やりたい人は趣味でやればいいという論理があるからです。
また、最近始まった「総合的な学習の時間」により、美術教育的な内容も代用可能なのではないか、また、感性教育や表現学習も、音楽や国語などその他の教科で代用して教育することが可能であるという考え方があるからです。
過去の美術教育を振り返ると、確かに美術教師は、授業中、自分の絵を描いていたり、好きなことをやっていて、学校内でお荷物的存在の教師もおられたと思います。そういう点はこれからも改善していかなければならないと思いますし、変わっていかないと本当に学校から消えてしまうと思います。
そこで私は、中学校において、数学や国語、英語などにはできず、美術科しかできないことって何かと考えました。それは、「生徒が自分で答えを考え、問題を考え、解いていく」という学習の仕方であると思いました。数学や国語などは、極端に言えば結局、先生か誰かが考えた答えに向けて、誰かが作った方法で解いていくことしかできないのではないかと思います。この点、美術は違います。自分で問題も答えも、やり方も考える教科なのです。ここが学校教育として、美術に興味のない生徒に対しても美術が有意義な価値をもちうる点であると思います。こういう考えや目的で行われる美術教育は、必要だと思います。しかし、生徒が何も生み出せない美術教育は必要ないと思います。
今、美術教育の現場で、美術を何でもかんでも残すべきという雑多な議論が繰り広げられていますが、必要な美術教育と必要ではない美術教育をはっきりさせ、これからの方向性を見いだしていくことが大切だと感じています。

写真は、平成14年度2学年選択美術で行われた暗闇美術館での、トイレを使った生徒作品「手部屋」です。
2006/03/10のBlog
[ 09:42 ] [ 中平先生の美術教育 ]
中平です。1学年美術での「和風でGO!」作品紹介2回目です。
最初の作品は、「善と悪」。映画で使われているライオンの写真をもとに、左右のライオンの表情を善と悪に書き分けています。ライオンの眼には、透明ニスが薄く塗られており、見る角度を変えるとキラッと輝きます。
二つめは、「おみやげ」という作品です。九州名産品が二種類並べられ、風神雷神型表現に、バックの文字が燕子花型表現になっています。中学生らしいユーモアが感じられます。
三つ目は、「東山魁夷クリスマスバージョン」という作品です。長野県ゆかりの作家・東山魁夷の原画をアレンジしています。パロディーのセンスがあり、びっくりしました。東山魁夷さんも喜んでいる??