2010/12/09のBlog
[ 16:10 ]
[ 催し物 ]
12月8日、にっちの事務所に毎日テレビの取材が入った。
今日、9日は久し振りのイベント「みんなで歌おう」の日。
百歳さんも参加していただいて約40名が
「紅葉」、「こいのぼり」、「ふるさと」といった日本の四季の歌から
ロシア民謡まで歌声喫茶さながら1時間30分余り、思いっきり歌った。
(アコーディオン及び司会 珈琲ラウンジ あかとんぼ 米村 博実さん→)
2010/12/08のBlog
[ 12:51 ]
[ 身辺雑記 ]
本誌に毎号エッセーを寄せてくださっている
橋本武さんを主人公にしたノンフィクション、
『奇跡の教室』が出版された。
「エチ先生と『銀の匙』の子どもたち」、
「伝説の灘校国語教師・橋本武の流儀」と
長いサブタイトルが付く。
著者は、伊藤氏貴氏。
1学年200人の中高一貫。
6年間をもち上がりで1教科1教師担当のユニークな灘校の制度、
敗戦後間もない教育の混乱期(文部省の力がそれほど強くなかった)、
そして橋本武と言う稀有の教師。
そんな条件が縒り合わさって、
3年間、中勘助の『銀の匙』を”スロー・リーディング”する
授業を生み出した。
忙しない今の時代、とてもじゃないが、こんな授業は不可能だろう。
きっと、世の親たちも黙っていないだろう。
しかし、こんな授業を受けてみたかった、
と思うのは、きっと、私だけではないに違いない。
橋本武さんを主人公にしたノンフィクション、
『奇跡の教室』が出版された。
「エチ先生と『銀の匙』の子どもたち」、
「伝説の灘校国語教師・橋本武の流儀」と
長いサブタイトルが付く。
著者は、伊藤氏貴氏。
1学年200人の中高一貫。
6年間をもち上がりで1教科1教師担当のユニークな灘校の制度、
敗戦後間もない教育の混乱期(文部省の力がそれほど強くなかった)、
そして橋本武と言う稀有の教師。
そんな条件が縒り合わさって、
3年間、中勘助の『銀の匙』を”スロー・リーディング”する
授業を生み出した。
忙しない今の時代、とてもじゃないが、こんな授業は不可能だろう。
きっと、世の親たちも黙っていないだろう。
しかし、こんな授業を受けてみたかった、
と思うのは、きっと、私だけではないに違いない。
2010/12/06のBlog
[ 12:26 ]
[ 雑誌・編集取材 ]
2010/12/03のBlog
[ 16:05 ]
今日はすごい風の一日でした。
みなさんは、いかがお過ごしでしたか?
毎週、金曜日はにっちの編集会議があります。
今日は、発売されたばかりのにっち冬号の
感想や反省などをみんなで話し合い、
次の号で取材したい人や、お会いしたい人について
意見を出し合いました。
こんなことをしている人に会いたい、あの人にずっと会いたかった
そんな淡い、恋心に似た思いから
また次の号に向けてスタートします。
この恋ゴコロがにっちスタッフ全員の
若さ(自称)の秘訣です。
また、ご感想などお寄せいただければ、
幸いです。
お待ちしております。



みなさんは、いかがお過ごしでしたか?
毎週、金曜日はにっちの編集会議があります。
今日は、発売されたばかりのにっち冬号の
感想や反省などをみんなで話し合い、
次の号で取材したい人や、お会いしたい人について
意見を出し合いました。
こんなことをしている人に会いたい、あの人にずっと会いたかった
そんな淡い、恋心に似た思いから
また次の号に向けてスタートします。
この恋ゴコロがにっちスタッフ全員の
若さ(自称)の秘訣です。
また、ご感想などお寄せいただければ、
幸いです。
お待ちしております。



2010/10/27のBlog
[ 21:59 ]
南アフリカW杯で、勝敗予想を次々と的中させて、
世界中でもっとも有名なタコになった
パウル君が、2歳の天寿を全うしたそうです。
負けると予想された国は、「パエリアにして食べてやる!」とか
怒っていたし、マラドーナは、パウルの死が伝えられると
即座に自身のツイッターに「この予言タコ野郎、
俺はお前が死んでうれしいよ。
W杯で負けたのはお前のせいだ!」と書き込んだとか。
日本の新聞でも、「輝かしい晩年を送ったタコ」とか
「大切に弔って骨壷に骨を入れたいけど、
タコには骨がないからどうしよう?」とか
「骨壷じゃなくてやっぱり蛸壺だろう」とか、
皆好き勝手なことを言ってたみたい。
うまいこと言うなぁ。
ドイツの水族館で、丁寧に葬られるそうですよ。
世界中でもっとも有名なタコになった
パウル君が、2歳の天寿を全うしたそうです。
負けると予想された国は、「パエリアにして食べてやる!」とか
怒っていたし、マラドーナは、パウルの死が伝えられると
即座に自身のツイッターに「この予言タコ野郎、
俺はお前が死んでうれしいよ。
W杯で負けたのはお前のせいだ!」と書き込んだとか。
日本の新聞でも、「輝かしい晩年を送ったタコ」とか
「大切に弔って骨壷に骨を入れたいけど、
タコには骨がないからどうしよう?」とか
「骨壷じゃなくてやっぱり蛸壺だろう」とか、
皆好き勝手なことを言ってたみたい。
うまいこと言うなぁ。
ドイツの水族館で、丁寧に葬られるそうですよ。
2010/09/27のBlog
[ 15:46 ]
日中はまだ汗ばむ日もあり、
完全秋日和とはまだまだな感じもしますが
でも、でも、なんと過ごしやすくなったことでしょう
今までたまっていた何かがどっと
動く感じです
20日は『敬老の日』
高齢者の信じられないようなニュースが報じられ
悲しい驚きの日々でしたが
この日は明るいニュース
新聞やテレビで多くの高齢者の方々が
話題になっていましたが、その中に
私達が取材した百歳の方々も何人か
お目にかかることができました
取材当時が百歳でしたから
もう100さいは越えておられます
みなさんとてもお元気で
“わ~なつかしい、あの時のままね”
と、こちらが興奮気味
たくさんの百歳さんにおめにかかれて
にっち倶楽部はしあわせです
これからもどんな方々との出会いがあるか
ドキドキ、楽しみです
piroko !(^^)!
完全秋日和とはまだまだな感じもしますが
でも、でも、なんと過ごしやすくなったことでしょう
今までたまっていた何かがどっと
動く感じです
20日は『敬老の日』
高齢者の信じられないようなニュースが報じられ
悲しい驚きの日々でしたが
この日は明るいニュース
新聞やテレビで多くの高齢者の方々が
話題になっていましたが、その中に
私達が取材した百歳の方々も何人か
お目にかかることができました
取材当時が百歳でしたから
もう100さいは越えておられます
みなさんとてもお元気で
“わ~なつかしい、あの時のままね”
と、こちらが興奮気味
たくさんの百歳さんにおめにかかれて
にっち倶楽部はしあわせです
これからもどんな方々との出会いがあるか
ドキドキ、楽しみです
piroko !(^^)!
2010/09/15のBlog
[ 12:32 ]
[ 身辺雑記 ]
2010/09/13のBlog
[ 11:05 ]
[ 雑誌・編集取材 ]
夏バテの上に、事務所の改装や、
日常のバタバタが続き、
ブログの更新が延び延びになってしまいました。
今号のメインは、石飛幸三先生への特別インタビュー。
特別養護老人ホーム(特養)で常勤配置医をされているお医者さんです。
その石飛先生が、『「平穏死」のすすめ』と題された本を上梓されました。
石飛先生の言う「平穏死」は、
「穏やかな、自然な、いうなれば神の意志による死」のことです。
その基準は「口から食べられなくなったら、もう先が長くない状態」と明快です。
医学の発達によって、「死」の概念が揺れ動いている今日、
「平穏死」の考え方は、ストンと私の腑に落ちました。
石飛先生が赴任されたばかりの特養では、
入所者の平均年齢90歳、9割が認知症。
3割に嚥下障害があったそうです。
そして、肺炎の原因は大部分が誤嚥性。
それなのに介護保険では、摂食介助は約20分、
介護士の数も足らない現状では、
ゆっくりと慎重に食事の介助は出来ないそうです。
「あと、もう一口」が誤嚥につながるのです。
「『熱が出た、サァー、大変だ』と救急車を呼ぶ。
その裏には、人手が足りないという背景もあって、
病院へ送っておけば夜勤が安心、というところがあるわけです。
病院は来た患者を診ない訳にはいかない。
胃瘻にすれば点数になるし……。
結果、無駄な医療を一杯やってます」。
胃瘻をすれば、誤嚥性肺炎はなくなるのかと考えていたのですが、
違うのですね。量を間違えると、胃が受け付けずに、
気管に逆流して肺炎を起すのだそうです。
ところが、「誤嚥→肺炎→入院→胃瘻」の不毛な繰り返しが
まかり通っているのが現状だそうです。
殆どの入所者が、病院で最期を迎えていたのが、
石飛先生が入られてから、スタッフや家族と状況を共有し、
話し合い、施設での看取りがはじまりました。
平成19年度にはホームでの看取りが8割にまでなったそうです。
高齢のご家族がおられる方は、いつかこの問題に直面されるでしょう。
「口から食べるのはもう無理です。どうされますか?」
今からそのときに備えておく必要があるように思います。
「入所者に必要な事は、少しでも幸せに一日でも楽しく過ごせて、
静かに幕を閉じることです。
食べられなくなったら、その人の生命の限界が来ているということ。
三宅島では年寄りは食べられなくなったら最後は水だけ与える。
そうすれば精神が落ち着き、自然に戻ると言われている。
過剰な栄養や水分はあげない勇気も必要だ」
石飛先生の言葉をじっくりと噛みしめようと思います。
2010/08/30のBlog
[ 09:59 ]
[ 雑誌・編集取材 ]
秋号の100歳さんは、
上杉是(ただし、104歳)、フシエ(102歳)さんご夫妻。
2人合わせて206歳は、
にっちに登場された100歳さんの中では最高齢。
夫婦揃って100歳を越える方はとても珍しいです。
結婚されてから79年ですから、
プラチナ婚(結婚75周年)を遥かに越え、
さて何婚と言うのでしょう。
お二人は、是さんが77歳の時に、
山口県から娘さん夫婦の住む川西へ引っ越してこられました。
以来、30年近く、娘さんの家族と温かな世界を築かれました。
お二人の長寿の秘訣は、何よりも、
この温かな支え合う関係にあるように見えました。
PS.是さんは60号の発行を待たず、
7月末に逝去されました。
ご冥福をお祈りいたします。
上杉是(ただし、104歳)、フシエ(102歳)さんご夫妻。
2人合わせて206歳は、
にっちに登場された100歳さんの中では最高齢。
夫婦揃って100歳を越える方はとても珍しいです。
結婚されてから79年ですから、
プラチナ婚(結婚75周年)を遥かに越え、
さて何婚と言うのでしょう。
お二人は、是さんが77歳の時に、
山口県から娘さん夫婦の住む川西へ引っ越してこられました。
以来、30年近く、娘さんの家族と温かな世界を築かれました。
お二人の長寿の秘訣は、何よりも、
この温かな支え合う関係にあるように見えました。
PS.是さんは60号の発行を待たず、
7月末に逝去されました。
ご冥福をお祈りいたします。
2010/08/27のBlog
[ 13:31 ]
[ 雑誌・編集取材 ]
